学変A・潜在空間分子設計リトリート2025参加報告

025年10月19日から21日にかけて開催された学術変革領域研究(A)「天然物が織り成す化合物潜在空間が拓く生物活性分子デザイン」の第2回若手の会及び第2回リトリートに参加させていただきました。

若手の会は東京科学大学 湯島キャンパスで行われ、多くの先生方や学生の方が参加されていました。特にリトリートに参加されない東京科学大学の学生との交流も深めることができました。オーラル発表では同学年の研究者の発表に刺激を受け、ポスター発表では、学会発表とは異なり、ラフで異分野の発表においても議論しやすい雰囲気で大変有意義な会となりました。オーガナイズしてくださった丹羽先生、鎌田先生に深く感謝申し上げます。

山形県鶴岡市にある慶応義塾大学・鶴岡キャンパスで行われたリトリートでは有機合成化学、ケミカルバイオロジー、情報科学など様々な分野のトップランナーが一同に集まり、分野を超えた活発な議論がされました。各班の先生方の口頭発表では、高度なアッセイ系の構築や画期的な合成経路の構築、機械学習による分子設計及びその基盤の構築など多岐にわたる研究内容が紹介され、本領域における研究の高さを実感するとともに、共同研究の進捗の報告などもあり、異分野の融合研究の実際を目のあたりにすることができました。また、今回は先端科学生命科学研究所の施設で開催されましたが、所長の荒川先生がお話くださった研究所が鶴岡に設立された経緯や研究所のビジョンに非常に感銘を受けました。サイエンスを通じて地方創生・地域活性化が実際に行われていることを目の当たりにしました。また、研究所発のスタートアップ企業のお話も聞くことができ、私の視野が大きく広がる経験となりました。また京都大学・奥野先生のご講演では国家規模で取り組んでいるAI創薬のプロジェクトの概観について理解することができ、研究体制・内容・広報などの取り組みなど大変勉強になりました。全体を通して、私の興味のあるご講演が目白押しのプログラムであり、大変勉強になりました。

ポスター発表では本領域に関連するテーマとして取り組ませて頂いているGPCRを標的とした機械学習モデルの開発というテーマで発表させていただきました。情報科学のトップレベルの先生方に私の研究について見ていただく非常に貴重な機会となり、多くのサジェスチョン等を頂きました。また、異なる分野の先生方にも今回は発表する機会があり、異分野の先生方への説明の難しさなどを改めて実感するとともに、ただ機械学習モデルを構築するだけでなく、それを使ってどのような応用が行えるかを示すのが最も重要であるということを改めて実感する機会となりました。頂いたご意見などを参考に、本テーマに磨きをかけていきたいと思います。また、参加されていた研究者のポスター発表では、私の専攻である情報科学の最先端の研究を目にし、実際に肌感覚をお聞きすることができました。また、他の分野の発表も多くの先生方が分かりやすく説明していただき理解することができました。機械学習モデルの構築をしているとどうしても目先の評価指標にとらわれることが多いですが、こうしたアウトリーチを意識した上で研究を行っていきたいと改めて実感する貴重な機会となりました。

また、本リトリートを通じて同年代の研究者の方とも今まで以上に仲を深めることができました。こうしてできた繋がりを大切にしながら、自身の研究に打ちこんで行きたいと思います。また、鶴岡の魅力を最大に感じるホテル、エクスカーション、懇親会、グループディスカッションなどもあり、非常に充実した3日間となりました。最後に、このような充実した会を企画・運営してくださった関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

博士課程2年・佐久間 智也

10月19日から21日にかけて山形県鶴岡市で開催された、学術変革領域研究 (A) 「潜在空間分子設計」リトリートに参加した。本報告書では、当該リトリートで得られた知見と今後の展望について報告する。

本学術領域は、従来の創薬研究が直面する時間的・コスト的課題を、「化合物潜在空間」というアプローチから解決することを目指している。AIに天然物をはじめとする膨大な化合物の構造と生物活性データを学習させ、潜在空間上で薬効が類似する分子同士を近傍に配置する。これにより、偶然に頼らざるを得なかった従来の新規化合物探索から脱却し、有望な新薬候補の分子構造を合理的かつ高効率に設計することを目的とするものである。

この実現のため、本領域は「ケミカルバイオロジー (A班) 」「情報科学 (B班) 」「有機合成 (C班) 」という3つの専門分野からなるチームで構成される。A班が創出する質の高い生物活性データを基に、B班がAIを用いて潜在空間を構築・設計し、未知の有望分子を設計する。そして、その設計図を基にC班が実際に化合物を創り出し、A班が再び評価にかけるという高速の学習サイクルを回す。この異分野間の密な連携によって、データ駆動型の次世代創薬プロセスの構築を図っている。我々の研究室はB班の情報科学チームとして本領域に参画している。

本リトリートでは、これら3領域から多様な分野の研究者が一堂に会し、分野の垣根を超えた活発な議論が終始なされた。各研究者による口頭発表では、A班による新規生物活性評価系の構築、B班によるAIを用いた潜在空間の設計、C班による新規骨格化合物の合成戦略など、多岐にわたる研究内容が紹介された。これにより、本領域全体における研究の多様性と層の厚さ、そして着実な進展を実感することができた。特に、これまで深く触れる機会のなかった有機合成の分野において、研究の「新規性」や「課題」が具体的にどの点にあるのかを学べたのは、貴重な機会であった。

また、2日目の最後には3班混合のグループディスカッションが開催された。学生は学生のみでセッションが組まれ、他分野の研究者と共同研究を立案するという実践的な演習が行われた。これらの経験を通して、専門の異なる分野の研究者と円滑にコミュニケーションをとり、共通のゴールを見出して新たな研究テーマを立案する「異分野融合」の難しさと重要性を深く学んだ。また、当研究室を含め20人以上の学生が参加しており、他大学の大学院生と活発に交流することができた点も大きな収穫となった。

今回、私自身もポスター発表の機会をいただき、B班の一員として、A班・C班の実験系の研究者の方々に自身の研究を説明した。自分が有機合成の分野の発表を聞いたときにも感じたことであるが、自分の研究がどのような文脈で行われており、どこに「新しさ」や「貢献」があるのかを、異なる背景を持つ相手に分かりやすく伝えることの重要性を改めて痛感した。

私にとって今回のリトリートで特に印象的だったのは、計算科学的手法と実験科学的手法を真に融合させることの重要性である。自らの専門分野における常識や文脈を深く身につけることはもちろんのこと、それを他分野の文脈と常に照らし合わせ、その「境界線上」に新たな研究テーマを立案していくことこそが、これからの研究者に求められていることであると強く感じた。

このような状況を踏まえ、今後は私自身の研究においても、B班としての計算科学分野の専門性を高めるだけでなく、A班(ケミカルバイオロジー)やC班(有機合成)が担っているような実験科学の領域についても、理解を一層深めていくことを強く意識して研究を進めていきたい。そのためには、当然のことながら常に最新技術の動向にアンテナを張りながら、分野融合を体現できる研究者として成長していく必要があると、改めて認識した。

最後になりましたが、このような大変充実した会を企画・運営してくださった関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

博士課程1年・中西 一貴

2025年10月19日から3日間の日程で山形県鶴岡市で行われた学術変革領域 (A): 天然物が織り成す化合物潜在空間が拓く生物活性分子デザインのリトリートに参加してきたので、その報告をする。私自身この領域のリトリートに参加するのは昨年東北大学の7月以来の参加になる。前回も学生の参加者が多いと思っていたが、それにも増して今回のリトリートは参加している学生の数も多くポスター発表も盛り上がっていた印象である。また、今回は領域内の会議ということで、学生同士によるグループディスカッションなどの時間も設けられた。学会や研究会などではあまり経験のしないイベントであった。これについても後ほど報告したいと思う。

この領域はケミカルバイオロジー的手法によって生物活性を持つ天然化合物を網羅的に収集するA班、A班から提供されるデータを情報科学により数値化により、 in silicoでさらに探索範囲を広げるための分子設計まで落とし込むB班、そして、B班が計算機上で設計した分子を化学的に合成し、評価するC班で構成される。初日は午後からA班、C班に所属する2グループからの報告があった。A班は様々な生物が産生する天然物から生理活性物質を探し出す。慶應大学の荒井先生のグループでは、薬剤などで様々な刺激を与えて普段作り出すことのない物質を取得するという方法で有用な新規天然物の探索を行っている。荒井先生のグループの研究では生物が作り出した天然物を含む天然物エキスを細胞やタンパク質に加えることで生理活性物質を網羅的に探索しているという。さらに、荒井研が持つ独自ツールとして、天然物エキスから狙った分子を一本釣りする技術がある。これにより、ヒット化合物が含まれる化合物エキスをそのまま標的にかけて網羅的に評価できる。荒井先生のお話は領域会議などで何度か聞かせていただいているが、毎度その発想やアプローチに感銘を受けている。実験的に網羅的に評価する系はデータサイエンスをする上では非常に重要なデータ資源になると感じており、この領域を象徴する研究の一つだと考えている。

後半は有機合成の研究者を中心とするC班の先生の発表であった。前回参加した領域会議でC班の発表に圧倒されたが、正直今回も化学の話は途中から内容を理解するのが難しかったので、各先生方の発表に関するまとめは控えさせてもらう。一方で、だからこそ勉強になることも多いと感じた。1つ目は化合物の捉え方である。構造式から得られる考察や洞察は学部の教養のレベルでしか有機化学を知らない私は持ち得ない視点である。教科書からは学ぶことができない、プロの思考を追体験することで新らた視点を手に入れることができている。2点目として、ストーリーの構築である。というのもどの先生の発表も興味深い研究だと思った。これは、イントロトークが非常に上手で全くの分野外である私にもその背景と動機がはっきりと伝わったからであると感じている。全く無知の聴衆に自分の研究の意義や目的を明確に伝える技術は素晴らしいと感じた。良くも悪くも、全く内容のわからない分野の話を聞くことで得られた貴重な経験であった。今度、学会で口頭発表の予定があるが、その際には今回の発表で学んだプレゼン方法を自分なりに組み込んで、分野外の先生方も惹きつけられるような構成にしたい。

1日目の最後のセッションは招待講演がいくつか準備されていた。1人目の先生は、今回リトリートが開催された慶應義塾大学先端生命科学研究所の所長である荒川先生であった。荒川先生の講演は山形の庄内というところになぜ慶應義塾大学の研究所が設置されたのか、という話から始まった。詳細は割愛するが、最も印象に残っている言葉は都市部からかなり離れており余程の覚悟がないと来ることが無い場所に設置されているため、この研究所にいる方々の熱意が非常に高い。ということである。実際、この研究所はいくつものベンチャー企業を生み出しており、起業の数は全国でも3位に入るなど、その熱意が数字となって現れている。今回そのベンチャーの一つであるSpiber株式会社の中村様の講演を聞く機会があった。Spiberは蜘蛛の糸を衣服などに使う繊維として工業的に利用できないかを模索しているベンチャー企業である。蜘蛛の糸は柔軟性と強度に優れていることに加え、タンパク質でできているため生分解性であるといった特徴を兼ね備えている。しかしながら、工業的に利用できるほどに生産量を上げたり、衣服として使えるような性能を付与したりすることは簡単なことではないのは想像に難くない。この気が遠くなるような試行錯誤についてお話を聞くことができた。また、AI創薬プラットホームを作成している株式会社MOLCUREの玉木様の講演では、ここ数年でよく聞くようになってきたDBTLサイクルと同じ発想のシステムの特許を2017年という早い段階で取得していたという話が印象的であった。アカデミアでも起業でも次に来る波、うまく乗るという技術は大切であり、日頃の姿勢の基本的なところは共通していると感じた。また、玉木様の講演の中で、ネット上のデータをこねくり回すだけではなく、自らの手でAIを育てるためのデータを作っていく必要がある、という言葉があった。このフレーズは数週間経ってレポートを書いている今の自分の中で何か引っ掛かっているので、もう少し自分の中で考え続けて見たいと思う。私が行っている研究は実社会へすぐに繋げようとする研究ではないためこのようなお話を聞く機会はあまり多くない。今回、Spiber株式会社さん以外にもいくつかの庄内発のベンチャー企業の方の講演を聞くことができ、企業の研究の一端を垣間見ることができた。

2日目はB班の先生の話に加えて、ポスター発表が催された。今回のポスター発表は6人のグループに分かれ、その中で互いに発表し合うという形式であった。そのため、普段は内容がわからなすぎてスルーするようなポスターについても発表を聞き、質問をする機会を得た。もちろん普段積極的には聞くことのない分野の話を聞く機会を得る点も大きいが、この形式のさらなるメリットはド素人質問を遠慮なくできるということである。相手もそれを承知であることに加えて、聴衆も100%玄人ではないのでかなり質問がしやすい。実際に私がした質問としては、有機合成の先生に「この反応ってどれくらい時間がかかるのですか?」という素人丸出しの内容である。このような普段は恐縮してしまって聞けないようなことも伺うことができた。この質問の答えとしては、反応経路を作成するのに3-5年、実際に合成するのには1週間ぐらい。とのことだった。このような現場の肌感は教科書などから学ぶことができないだろう。In silicoで化合物を生成し合成を依頼することは容易だが、実際の合成は決して簡単ではない。ということはわかっていたつもりだが、少し認識が甘かったことに気がついた。恥を忍んで聴いた甲斐があった。このように普段の学会などではあまりない形式の発表ができるのは、リトリートの良いところであり私自身非常に勉強になった。

今回のリトリートへの参加を通じて、領域内の研究の広がりや、多様な専門性が有機的に結びつきつつ新しい学術的価値を生み出していることを強く実感した。特に、分野横断的な議論や学生同士の交流は、普段触れる機会の少ない視点や考え方に触れる貴重な機会となった。また、アカデミアだけでなく、企業の方々による講演を通じて、研究の社会的応用を見据えた取り組みについても多くの学びがあった。今回得た知見や刺激を今後の研究活動に活かし、より幅広い視点から課題に向き合っていきたい。

博士課程1年・大谷 悠喜

この度、2025年10月18日に東京科学大学・湯島キャンパスで開催された「潜在空間分子設計・第2回若手の会」及び同10月19日から21日に山形県の鶴岡市先端研究産業支援センターで開催された「第2回リトリート」に参加しました。清水先生が学術変革領域研究(A)の公募班で採択されていたご縁もあり、自分にとっては初めての領域研究リトリートへの参加となりました。今回のリトリート参加を通して得られた学びを、これまでに参加してきた学会などとの違いについてを中心に共有させて頂きます。

この領域研究では、天然物の網羅的な生物活性データに深層学習を応用して「化合物潜在空間」を構築し、これまで見出せなかった生物活性分子を設計することを目指しています。化合物潜在空間をキーワードに、分野横断的な3つの研究班(ケミカルバイオロジーに基づく生物活性データ収集とその評価を担うA班、情報科学に基づく活性予測や分子デザインを担うB班、有機化学に基づく分子設計を担うC班)がそれぞれの最新の研究成果を共有し、議論を行いました。今回は秘密保持契約を結んでいたこともあるため研究内容についての詳細は割愛しますが、各領域の未発表データ等も含めた最先端の成果が示されてとても刺激を受けました。

若手の会では30分のオーラルセッションが2本と参加者による1分間のショートプレゼンテーションでの研究紹介、会場を移動して2回のポスターセッションがありました。若手の会で特に印象に残っていたのは、大上研究室の博士課程2年の古井さんのオーラルセッションでの発表です。学士から大上研とのことなのでラボ5年目かと思うのですが、すでに筆頭著者論文を5本とACT-Xに採択されており、オーラルセッションの発表も3つの研究のダイジェストでした。現時点ではまだまだ遠く及びませんが、卒業時には自分もこのくらいの業績を積み重ねられるようになりたいと非常に刺激を受けました。また、(若手の会というだけあって)リトリートと比べても参加者の年齢層が若く、ディスカッションなども比較的フランクな形でできたことが良かったと感じています。

リトリートでは1日目の午後にはA班・C班の発表と懇親会、2日目の午前にはB班の発表と講演、午後にはポスターセッションとグループディスカッション、3日目の午前には共同研究の進捗報告が行われました。特にA班とC班の先生方のご発表では詳細がわからないところはあったものの、多岐にわたる研究分野の最先端の研究に触れることができ、普段触れることのない研究や先生方のお話を聞くことができて大変勉強になりました。これまでに参加してきた学会では懇親会などに参加する機会がなく、他の研究室の学生さんと交流する機会はほとんどありませんでした。今回のリトリートの参加者は学生が30人弱で教員も同程度と、かなり濃密なコミュニケーションを取れる環境で、多くの方が同じ宿泊施設に滞在していたこともあり、普段は接することのない他の大学の分野の異なる研究室の方とも(研究だけでなく普段の生活やプライベートなどについても)お話しすることができてとても有意義な3日間となりました。

最後に、自分の発表(複数モダリティを組み合わせた知識グラフの構築について)についても述べさせて頂きます。

これまでの学会と違って、他分野の方に説明をする際には、そもそもの研究背景や現状の課題についてや、情報学的な基本概念についてより噛み砕いて説明することが求められ、自分にとってはうまくできなかった部分も残りました。今後、薬学会をはじめとしたもう少し一般的な(情報科学分野以外の聴衆も多く集まる)学会に参加することもでてきますので、改善する必要があると感じました。また、(あまり想定していなかったのですが)C班の有機系の先生方や学生さんにも興味を持って頂き、具体的な構造情報も知識グラフに含めることができれば、より幅広い分野への応用も期待できるのではないかといった具体的なコメントやアドバイスを多く頂けました。今後どのようにして研究を進めていくべきか少し行き詰まっていた部分もありましたので、他分野の方からの率直な意見がこういった部分を乗り越えるきっかけになるのではないかと感じています。また若手の会のポスターセッションで鎌田先生とディスカッションさせて頂けたこともとても印象に残っています。鎌田先生のご研究は自分の研究分野にも近く、口頭発表などを拝聴していかに他分野の先生に対してわかりやすく研究を伝えるかなど参考にさせて頂きたい点をたくさん学ぶことができました。まだまだ未熟な点はありますが、今後も折に触れてお話しさせて頂けるような関係を築く第一歩となったのではないかと(勝手ながら)感じています。

この度は、このような貴重な機会とご支援を頂きまして、改めて感謝申し上げます。

博士課程1年・鈴木 崇英

この度、2025年10月19日から21日にかけて山形県鶴岡市の鶴岡サイエンスパーク(慶應義塾大学先端生命科学研究所)にて開催された、学術変革領域研究「潜在空間分子設計」の領域会議に参加する機会を頂いた。本領域研究は、情報科学(AI)、化学(合成)、生物学(アッセイ)といった異なる分野の叡知を結集し、「潜在空間」という情報科学の概念を分子設計の基盤に据えることで、従来手法では到達不可能であった革新的な機能性生体分子の創出を目指す学術領域である。

私自身は今回、本領域のB班(設計・情報)清水グループに所属し、生体高分子潜在空間をもとに、抗体を設計する手法開発に関する研究について、「生体高分子潜在空間に基づく新たな抗体分子設計手法の構築」というテーマでポスター発表をさせて頂いた。今回の会議を通して、領域全体の最新の研究動向を知ることができた。また、普段出会えないような大物研究者の方々や、他分野の学生や若手研究者とも交流を深めることができ、とても貴重な経験となった。今回の参加報告書では、その経験から得られた学びや価値観について自分の思ったことを報告する。

今回の会議は本領域が発足してからの中間地点での開催ということもあり、領域全体が目指すビジョンが具体的な研究成果として結実し始めている様子が伺え、領域内で分野の垣根を超えた多くの研究成果を知ることができた。具体的な内容には触れないが、会議全体を通して、3つの大きな潮流があると自分は感じた。

一つ目は、「AIによる分子設計の精緻化とプラットフォーム化」である。本領域の1テーマであるAIによる分子設計では、単なる既存データに基づく活性予測だけでなく、いかにして高品質で解釈性の高い「潜在空間」を構築するか、そしてその潜在空間を基盤として、いかにして新規性と多様性を担保した化合物を効率的に生成するか、という点にもフォーカスが当てられており、非常に高度な研究議論が随所で為されていた。特にある先生の講義において、複数のAIモデルが協調しながら、あるいは競い合いながら、設定された複数の目的(活性、物性、毒性など)を同時に最適化していくような、洗練されたAIプラットフォームの構築が現実のものとなりつつあることを、講義を聞いて強く感じ、非常に感銘を受けた。これは、創薬の初期段階のみならず、非常に複雑な創薬プロセス全てをAIによって高速・効率化させる一大プロジェクトであり、「潜在空間分子設計」という本領域会議における理想的な研究の一つであると確信した。

二つ目は、「データの質と知識の統合」の重要性である。AIの性能が学習データに強く依存することは言わずもがなではあるが、創薬分野、特に抗体のような生体高分子の分野では、高品質なラベル付きデータが依然として不足しているという課題がある。この課題に対し、一部の発表では、自ら大規模な実験データを体系的に独自取得し、独自の高品質データベースを構築するという理想的なアプローチが示されており、印象的であった。

また、既存の膨大な公共データベース(化合物、タンパク質、疾患、文献情報など)を単純に集積するのではなく、「知識グラフ」という形で意味論的に結合し、データ間に潜む複雑な関係性をリッチに表現しようとする情報科学的アプローチも非常に印象的であり、面白いと感じた。自然界の多様な情報をネットワークとして捉え直し、ヒトの生体システムと結びつけることで、新たな創薬のヒントを見出そうとする試みに、非常に感銘を受け、知識グラフの動向に関して興味が湧いた。

三つ目は、「Wet(実験)とDry(データ解析)の高速な連携サイクル」である。本領域の最大の特色は、AI(Dry)が設計した分子を、迅速に化学合成し、生物学的アッセイ(Wet)にかけ、その結果を再びAI(Dry)にフィードバックするという、設計-合成-評価のサイクルを領域内で完結させ、高速で回転させている点にある。今回の会議でも、B班(設計・情報)が設計した新規化合物を、実際に合成・アッセイ担当の班が評価し、そのデータを学習データとしてB班に返すという、非常に緻密かつ具体的な連携事例が報告されていた。これは、異分野融合が単なるスローガンではなく、具体的な「仕組み」として機能しており、まさに新たな学術領域を生み出す推進力の源泉であると感じた。また、学生間でのラボ交換留学といった取り組みも報告され、次世代の研究者が自らの分野の垣根を越えて協働し、学びを得ている様子を見て、「異分野への理解」を忘れない姿勢の大切さを学ぶことができた。

また、自身のポスター発表では、B班の研究成果として「生体高分子潜在空間に基づく新たな抗体分子設計手法の構築」というタイトルでポスター発表を行った。本領域会議は、低分子化合物の設計を専門とする情報科学者や有機合成化学者が多いと認識していたため、抗体という生体高分子を対象とした私の研究にどれほどの興味を持って頂けるのか、当初は不安があった。しかしながら、それは杞憂であり、ポスターセッションが始まると、AI創薬の専門家、潜在空間の理論的研究者、さらには実際に抗体関連の実験を手掛ける研究者まで、実に多様なバックグラウンドを持つ先生方や学生が次々と訪れてくださり、活発な議論の機会を得ることができた。また、自身の所属するB班の発表のみならず、A, C班の研究を聞くこともでき、今まで知らなかった実験手法や考え方を学ぶことができ、非常に勉強になった。

今回の「潜在空間分子設計」領域会議への参加は、AI領域始め、様々な領域が「潜在空間」という共通言語のもとでダイナミックに融合し、新たな科学領域を切り拓いているプロセスを生で感じることのできる、非常に貴重な経験であった。

同時に、自身のポスター発表を通じ、この領域において、自分自身も何か少しでも、この領域に貢献できたらいいなと、非常にモチベーションになった。頂いた多くの建設的なフィードバックを糧とし、研究を次のステージへと進めていきたい。

最後になりますが、このような貴重な発表の機会を頂いたこと、ならびに領域の先生方との深い議論の場を与えて頂きましたことに、心より感謝申し上げます。

博士課程1年・藤原 嵩士

2025年10月19日から10月21日にかけて山形県鶴岡にて開催された 学術変革領域研究 (A)『天然物が織りなす化合物潜在空間が拓く生物活性分子デザイン』 第2回リトリートに参加した。ここでは本リトリートを通して得た知見と所感について報告する。

本学術領域は、データ駆動型アプローチによって創薬などで必要な特定の生物活性を持つ化合物探索・設計に変革をもたらすことを目的とする。プロジェクトは3つの班によって組織され、ケミカルバイオロジーによって天然物の生物活性に関するデータを網羅的に収集・評価するA班、A班が収集したデータをもとに情報科学を駆使して有用な化合物デザインを行うB班、B班が予測した候補化合物を独自の化学技術により合成するC班からなる。我々はB班として参画し、本リトリートではB班だけでなくA・C班の取り組みや展望について聴講し学際研究を進展するために重要な知見を学ぶことができた。また、3日間を通して班どうしの意見交換が活発に生まれるよう、グループディスカッションをはじめ様々な企画をご用意いただき、私自身の研究についても多角的な視点からフィードバックを得る貴重な機会となった。

オーラルセッションは1日目と2日目を通して開催された。全体の所感として、機械学習のデータ品質問題といった広域な話題から具体的な創薬標的などの詳細な話題まで様々なテーマについて聴講でき大変刺激を受けた。C班の先生方の有機化合物設計に関するオーラルセッションは非常に興味深く惹きつけられたものの、その詳細については理解の及ばない点が多く自身の知識不足を実感した。それと同時に、様々な分野の研究者を惹きつけるプレゼンの技巧についても学ぶことが多かった。本セッションは研究内容の報告だけでなく、本リトリートの開催地である慶應義塾大学先端生命科学研究所設立の狙いと現状についてなども荒川和晴先生からお話しいただき、大学内に止まらず企業や地域と連携して科学を発展させるにはどのような試みが必要かという点で一つの成功事例を示していただいた。関連して、1日目には関連領域で分子設計に取り組む新興企業の特別セッションが開催された。企業はアカデミアと異なる目標やルールで動くため、非公開データを用いてどのような参入障壁を築いているか、それをどのように収益へ繋げようとしているか、などのお話は大変興味深かった。研究者の仕事を社会貢献へ接続する上で大学発ベンチャーは一つの要となるルートであると考える。夕食を交えた意見交換会で企業の方々へ実際に質問をぶつけることで、我々との課題の相違を確認できたことはアカデミア研究者としても有意義であった。

2日目のポスターセッションでは、事前に構成されたA・B・C班合同のグループごとに分かれグループごとの発表と議論を行った。本セッションを通して、発表者およびオーディエンスとしての課題がともに浮き彫りとなった。発表者の立場としては、本セッションは一般的な学会発表以上に、分野が異なるオーディエンスに対して研究の目的、方法、新規性を短時間で適切にプレゼンできるかを意識する良い機会であった。限られた時間の中でディスカッションを行うためには、研究の平易な要約は最重要であることを痛感した。一方で、学際研究を行う上で、異分野の方々の研究に関して「専門外なので全く分かりません」という態度は言語道断である。議論を行う上での前提となる共通認識を得るためには広い領域に関して最低限の知識は必要となる。そのような見識は一朝一夕には得られないため、研究室のジャーナルクラブや情報収集における普段の姿勢が重要だと感じた。今回のディスカッションでは、グループの中で誰かが発表内容の理解を再確認する趣旨の質問をすると、班どうしでどこまで理解できているかの認識が明らかとなり、その後他のオーディエンスがよりクリティカルな質問を投げかけられるようになるという様子が見受けられた。今後、議論の場をどのように盛り上げるかも意識した学会・勉強会への参加を心がけたい。

私自身は、本セッションにてnon-coding RNAの半減期を予測する機械学習モデルがRNAを標的とした創薬のためにどのように活用できるかというテーマで発表をおこなった。ディスカッションでは、理化学研究所の吉田稔先生と活発な議論の機会と、多くのご助言をいただいた。私の研究を今後発展しまとめるにあたって、モデルを作る側ではなく使う側の需要の観点から、リサーチ不足な点や機械学習モデルの見直すべき設計が明らかとなった。また、今後得られたモデルをA班やC班と連携するためにはどのように指揮を取るべきか、どのような予備検討が必要かという点についても多くのご指摘をいただき大変勉強になった。

本リトリート参加を通じて、大きなビジョンを描いたプロジェクトの中で連携を見据えた有意義な研究を行うには、前提としてA班やC班の専門分野に相当するようなケミカルバイオロジー・有機化学の知識も手広く学ぶことが重要であると再認識した。同様の課題感は多くの研究者が持っていることが想定される。今後、学際研究に取り組む上で自身が率先してその指揮を取れるよう、そのような知識を土台として、分野間の交流の中から現在各々がどのような課題を抱え今後分野の融合を通して何が実現できるかを洞察できるよう研鑽に励みたい。

最後に、各セッションの企画だけでなく、宿泊施設やエクスカーション、懇親会等々を手配していただき、鶴岡の地を満喫できる3日間をご用意いただきました関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

特任助教・菱沼 秀和

2025年の10月19日から21日にかけて、山形県鶴岡市にて開催された、文部科学省 学術変革領域研究(A)「天然物が織り成す化合物潜在空間が拓く生物活性分子デザイン」(潜在空間分子設計)のリトリートに参加させていただいたので、その報告をする。

リトリート初日は移動日でもあったため、午後から各班の先生方による進捗報告や、会場がある山形県鶴岡市でのサイエンスの取り組みに関するセッションが開催された。荒井 緑先生(慶應義塾大学理工学部) の「潜在空間を深化させる新規生物活性評価法の開発」と題したご講演では、独自の微生物ー動物細胞共培養法や熱ショック法といったアッセイ系を駆使し、放線菌などから生物活性化合物を探索する取り組みが紹介された。 特に、アルツハイマー病の原因とされるタウタンパク質に着目し、天然物由来の「タウ分解分子糊」を探索する試みが非常に興味深かった。アッセイ系を構築し、スクリーニングによって有望な化合物を発見したという報告であった。

横島 聡先生(名古屋大学大学院) の発表では、医薬品開発における天然物の重要性について改めて認識させられた。1981年から2019年に認可された医薬品の約45%が何らかの形で天然物に関連しているという事実は、その創薬資源としての価値を明確に示している。天然物は、一般的な合成化合物と比較して、立体中心や縮環構造を多く持ち、剛直で三次元的な構造を有する一方、芳香環や可動結合が少ないという特徴がある。こうした魅力的な特徴を持つ一方で、類縁体を含めた化合物供給が難しいという課題があり、これに対する合成化学的アプローチの重要性を、講演を通じて学ぶことができた。

荒川 和晴先生(慶應義塾大学 先端生命科学研究所 所長) による「サイエンスを通じた地方創生:鶴岡モデルについて」のご講演は、研究の社会実装という観点から非常に示唆に富むものであった。 今回のリトリートの会場となっていた、慶應義塾大学の先端生命科学研究所(IAB)が鶴岡市に設立された経緯から、メタボローム解析技術を基盤とした研究が、どのようにして地方創生に結びついているかが具体的に語られた。 特に印象的だったのは、地元の高校生を対象とした研究助手プログラムである。応募資格を「将来的に博士号を取得し、世界的な研究者になること」と高く設定し、その実績を活用して大学のAO入試に挑戦する気概を求めている点がユニークであった。このプログラムは、優秀な人材を早期に発掘し、慶應SFCなどに取り込むだけでなく、IAB発のスタートアップが鶴岡市に多く存在するため、学位取得後に地元に戻り研究職として就職する「Uターン政策」としても機能しているという話であった。優秀な人材が地元に定着するエコシステムが構築されており、非常に理にかなった取り組みだと感銘を受けた。また、メタボローム解析技術を用いて、地元の特産米「つや姫」がコシヒカリよりも美味しいことを「科学的」に証明し、食文化にも貢献しているというエピソードも興味深かった。地方創生について、これまで全国各地で様々な政策や取り組みが実施されてきたと思うが、鶴岡市にみられるサイエンスを主軸とした地方創生は非常にユニークかつ効果的なアプローチになっていると荒川先生の講義を通じて感じた。科学を活用して地元の特産品の良さを定量的にアピールしたり、地元の高校生の科学教育の機会を提供するだけでなくスタートアップとの連携を通じてUターンを促すような鶴岡での取り組みはとても合理的であると感じた。鶴岡のようなサイエンス駆動型地方創生の事例がさらに増えれば、地方の活発化だけでなく日本全体の科学力の向上にもつながるのではないかと考えた。

IAB特別セッションでは、鶴岡に拠点を置くスタートアップ企業の発表が行われた。 株式会社MOLCUREは、「AI Driven Drug Discovery for Antibody」と題し、AI駆動科学による医薬品分子設計について紹介した。自社開発の独自言語モデル、自社バイオラボ由来の独自大規模学習データ、そしてそのデータ収集に特化した実験技術を強みとしていることを紹介された。 Spiber株式会社は、人工クモ糸(構造タンパク質繊維)の開発について発表した。天然のクモ糸が持つ並外れた強靭性(SSカーブで示される強度と伸度のバランス)に対し、人工タンパク質繊維は階層構造の欠如から物性が異なるものの、植物由来の原料を用いた発酵生産や生分解性といった環境性能、独自の質感を武器に、アパレル産業などに新たな選択肢を提供している点が印象的であった。

ポスターセッションでは、現在取り組んでいる、抗がん剤併用療法の予測モデルの開発に関する成果を発表した。本リトリートのポスターセッションは、A班、B班、C班合同で少人数のグループに分かれての発表時間が設けられており、普段参加させていただいている学会と比較してより密な議論を交わすことができたと感じた。特に班合同での少人数ディスカッションを通じて、有機合成や天然物化学など、普段の研究室生活や学会参加では接点の少ない、多様なバックグラウンドを持つ研究者の方々と議論できた点である。いただいた主な質問としては、モデルの入力の詳細、3剤併用予測への拡張可能性、そしてモデルが薬剤耐性獲得のメカニズムに対応できるかといった、鋭いご指摘や今後の応用に向けた質問を多数いただいた。また、グループでの発表を通じて普段の研究生活では全く接点のない有機合成の研究成果などについても聴講する機会をいただいた。全くの異分野出身の私は発表内容にほとんどついていくことはできなかったが、異なる分野の発表スタイルやディスカッションに触れることができてとても有意義なポスターセッションになった。

今回のリトリートでは、学生のみで行うグループディスカッションも設けられていた。テーマは、「グループメンバーで共同研究をするならどういった研究をするか」と、「共同研究を促進させるために、異分野の研究者が行える取り組みについて」であった。私のグループは5人中4人が情報科学、1人が有機化学のバックグラウンドという専門分野に偏りのある構成であったが、その特性を活かし、有機合成と情報科学を組み合わせた共同研究のアイデアを提案することができた。また、後半のテーマでは、共同研究を促進させるために、私たち情報科学の出身者としてどのような貢献ができるか(例えば、情報科学を専門とするものとして、専門用語に頼らずに開発したモデルの有用性を、どのようにユーザーとなる他分野の研究者に伝えるかなど)について議論することができた。

今回初めて学術変革領域研究のリトリートに参加させていただいた。全体的な感想としては、特に印象的だった点が二つある。一つは、普段参加している学会と比較して小規模であるからこそ、非常に活発な議論が行われる場となっていること。もう一つは、分野を横断した、多様なバックグラウンドを持つ研究者の方々が集まることで、普段は接する機会のない有機化学などの分野の最先端の研究についても知見を深められたこと。参加されている方々全員が「集まったメンバーで、どういった学際的な研究ができるか」という意識を持っており、議論に満ちた非常に刺激的な三日間を過ごすことができた。

最後になりますが、貴重な発表の機会をいただいたこと、そしてリトリートの企画、宿泊施設の手配などを通じて議論の場を用意してくださった関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。

修士課程2年・大田 航平

この度、2025年10月19日から21日に山形県鶴岡市で開催された学術変革領域 (A) 「天然物が織り成す化合物潜在空間が拓く生物活性分子デザイン」 (通称潜在空間分子設計) の第2回リトリートに参加してきたので、本稿ではその感想を共有する。本領域は、清水教授の研究計画が採択されている科研費の研究領域であり、この領域に関する会議等に参加させていただいたのは今回が初めてである。

リトリートの会場となったのは、鶴岡メタボロームキャンパスを中心とする施設であった。機構長の荒川和晴先生のお話によれば、この拠点は慶應義塾大学の先端生命科学研究所が、地域としての鶴岡市と一体となって築き上げてきた、世界最先端の研究開発・地方創生のエコシステムであるという。単に安価な労働力として地元の人を雇用するのではなく、地元の産業や技術に最先端のテクノロジーを活用したり、それらの技術を地域の人に習得してもらったりする点が特徴的とのことだ。具体例として、鶴岡で新たなお米「つや姫」を作る際にアミノ酸の量をメタボローム技術で測定した話や、さくらんぼの保存技術の開発とその検証にメタボローム計測を活用した話は非常に興味深かった。キャンパスや町おこしの中核となっているメタボローム計測(細胞や組織の中の様々な代謝物を網羅的に計測する技術)に関して、施設内に50台近い質量分析計が並んだ部屋も紹介された。非常に高額な機器である質量分析計が所狭しと並び、半自動で稼働している様子は圧巻の光景であった。

また、山形県はベンチャー企業の獲得資金が第4位であり、この躍進には先端生命科学研究所発の企業が大きく貢献しているそうである。実際、今回のリトリートでも複数の慶應発ベンチャーのセッションが設けられていた。AI創薬から計測機器の開発、さらには日本で5社しかないユニコーン企業(企業評価額が10億円以上で設立10年未満の未上場ベンチャー企業)の1つである、蜘蛛の糸の成分のタンパク質を使って繊維を作るSpiberなど、様々な企業の話を聞くことができた。企業の規模や事業内容・プレゼンテーションの手法などが多様な複数のバイオベンチャーの話は大変興味深く、特に、研究成果を製品化し実際に販売する過程で生じた課題やその解決に関するエピソードは大変参考になった。

さらに、鶴岡市では市内の高校生のうち希望者が研究に従事できる仕組みが作られているという話も聞いた。高校生が研究に携わるプログラムはこれまでも聞いたことがあったが、それらは特定の高校と大学間の協定に基づくものであった。しかし鶴岡市では、市内の高校生が1年生の頃から先端生命科学研究所にて研究に携わり、AO入試を経て最終的に博士課程への進学を目指すプログラムを推進しているとのことであり、まさに街を挙げての取り組みに驚かされた。

「潜在空間分子設計」の研究領域は3つの班で構成されており、それぞれの班に複数の研究グループ(研究室)が存在している。A班はケミカルバイオロジー班で、主に微生物などのサンプルから特定の生物活性を持つ分子を探索し、その構造を同定することを得意とする。B班は情報解析班で、清水研が属する班である。同定された化合物とタンパク質との分子シミュレーションや、AIを用いた高速スクリーニング・分子生成を得意とする。C班は有機化学の専門家が多く所属しており、本研究領域においてはA班が単離した化合物の類縁体やB班がコンピュータ上で生成した分子を合成する役割などを担っている。

今回のリトリートでは、A班やC班の先生方の話を聞く機会が多くあった。普段の学会で自分の興味のある(=何をやっているか、何がすごいのかを自分が理解しやすい)セッションばかり聴講していた時と違い、今回は理解できないことが理解できない事項が多くあった。特に有機化学の先生方の「この化合物はこの反応で作れそう」といった所感や常識が自分にはないことを痛感した。一方で、その逆も存在するようであった。プログラムには各班の学生同士でディスカッションを行うセッションも存在したが、その中でA班やC班の研究室の学生が、普段自分たちが研究室で当たり前のように話している事柄について知らない、という場面もあった。もちろん、これまでも同様のことはあったし、前提知識が同一であるはずがないのだから知識のギャップがあることは当然である。しかし、そのギャップの深さが今回は一段階深かったと感じた。だからこそ、それぞれの専門性の和集合が大きくなるため、この研究領域のように複数の分野の研究者が共同でプロジェクトを進める必要があるのだと改めて実感した。ただし、積集合が0にならないように、自然科学の基本事項については理解しておく必要があるのだと改めて認識した。

B班の中では、知識グラフの構築、タンパク質とリガンドの結合予測、あるいは新たな分子生成モデルの開発など、昨今主流となってきている事柄に取り組んでいるグループが複数存在し、それらが生命科学領域における情報科学のred oceanであることを認識した。また、B班の先生の発表の中で、成果物をウェブブラウザで動く形にしたり、グラフィカルなデモンストレーションとして示したりしているものがあり、非常に効果的であるように感じた。研究という意味合いでは本質的ではないかもしれないが、プレゼンテーション、特に聴衆の中に専門家以外も存在する場合において非常に重要だと感じさせられた。

今回のリトリートでは、普段学会などであまり聴講しない領域の発表を聴講し、それらの学問を専攻する学生・先生方と交流することができた。また、B班の先生方や学生の専門も多様であり、情報科学を専攻していた人だけでなく、薬学や化学出身の先生方も多くいらっしゃることを改めて認識した。その中で個人的には、医学のバックグラウンドのある存在として、病態の解明や治療標的の同定といった部分にこそ興味があり、活路を見出せるのではないかと感じた。それでもなお、情報科学を活用する身として最低限押さえておくべき事項に関しても、おさらいすることができたように感じる。これらの知見を踏まえ、今後の研究活動に励んでいく所存である。

博士課程1年・伊東 巧

2025年10月18日から21日にかけて、東京科学大学湯島キャンパスおよび山形県鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所で開催された学術変革領域研究 (A)「潜在空間分子設計」の若手の会と第2回リトリートに参加した。本リトリートは、化合物潜在空間の学理構築を目指す3つの研究班(A班:ケミカルバイオロジー、B班:情報科学、C班:有機合成)が一堂に会し、最新の研究成果を共有するとともに、分野横断的な議論を深める貴重な機会となった。本報告書では、リトリートで特に印象に残った講演および自身のポスター発表について述べる。

若手の会では東京科学大学の古井海理先生による発表が特に印象的であった。古井先生の講演では計算科学創薬における2つの重要な課題、すなわち「自由エネルギー計算の適用限界の克服」と「最先端深層学習モデルの実用的な高速化」に焦点を当てた研究成果が発表された。リード最適化において強力なツールである相対自由エネルギー摂動法(RBFEP)は、スキャフォールドホッピングのような構造が大きく異なる化合物間の変換では計算が不安定になるという根本的な課題を抱えていた。この課題に対し、古井先生らは構造的に中間的な「中間体」を自動で挿入し、計算可能な最適パスを探索する新手法「PairMap」を開発した。ベンチマーク評価では、PairMapが従来法では困難だった複雑な構造変換においても、絶対自由エネルギー摂動法(ABFEP)に匹敵する高い予測精度を、より現実的な計算時間で達成できることが示された。また、深層学習モデル「Boltz-2」の高い予測精度を維持しつつ、計算時間を劇的に短縮する新フレームワーク「Boltzina」も紹介された。これは、計算コストの高い構造予測モジュールを省略し、代わりに既存の高速なドッキング手法の結果を入力として利用するものである。Boltz-2と比較して最大10倍以上の高速化を実現し、大規模バーチャルスクリーニングへの適用可能性を大きく広げた。高速なBoltzinaで一次スクリーニングを行い、有望な化合物を精密なBoltz-2で再評価する「2段階スクリーニング戦略」は、精度と速度のトレードオフを解決する実用的なアプローチとして極めて有効であると感じた。古井先生の発表は、計算創薬の異なるステージにおける「精度」と「速度」の課題に対し、独創的なアルゴリズムで解決策を提示するものであり、計算科学が果たす役割をさらに拡大させる重要な技術であると認識した。

招待講演では京都大学の奥野恭史先生が、AIとスーパーコンピュータを駆使して創薬プロセスを変革する「創薬DXプラットフォーム」構想を紹介された。奥野先生はAI創薬の現状における能力と限界を冷静に分析した上で、標的探索から候補化合物の設計、さらには物理シミュレーションを組み合わせた未来の創薬研究の姿を提示した。まず、創薬がターゲット探索、分子設計、臨床試験など多岐にわたるフェーズから成る複雑なプロセスであり、単一のAI技術で全体を解決するのは困難であると指摘した。その上で、世界中で開発されている個別の創薬AI技術を創薬パイプライン全体でカバーするように統合し、「丸ごとAI化」する壮大なビジョンが語られた。具体的な技術として、患者個人のRNAデータからベイジアンネットワークを用いて「個人ごとの生命ネットワーク」を推定し、疾患の鍵となる標的遺伝子を特定する手法が紹介された。また、化学的に妥当な化合物を生成する「生成AI」と、その活性を予測する「予測AI」が対話しながら分子設計を進化させるデモは、AIによるde novo設計の可能性を鮮明に示した。さらに、AIが学習データにない未知の現象を予測できないという限界を克服するため、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた分子動力学シミュレーションにより「バーチャルな実験データ」を大量生成し、それをAIに学習させることで予測精度を向上させるアプローチも紹介された。最終的なゴールとして、仮説生成から実験計画、論文執筆までをAIが担う「科学研究プロセスの自動化」という未来像が示され、大きな示唆を得た。

オーラルセッションでは北里大学の齋藤裕先生による「天然物とヒトを繋ぐマルチモーダルネットワークにもとづく化合物潜在空間の構築」と題した発表が特に興味深かった。齋藤先生の講演は、AI創薬における化合物表現に新たな視点をもたらす独創的な研究であった。従来の化学構造情報に基づく特徴量化に対し、本研究では化合物が自然界で果たす役割、すなわち「エコロジカルな文脈」を情報として取り込むアプローチが提案された。具体的には、どの微生物がどの二次代謝産物(天然物)を産生するかの関係性を「MCCN (Microbial Chemical Communication Network)」としてネットワーク化。さらに、メタゲノム解析から得られる微生物間の共存・競合関係もネットワークに統合することで、より情報密度の高いモデルを構築した。このネットワークから抽出した特徴量を既存の化合物-タンパク質相互作用予測モデルに加えたところ、予測精度が有意に向上したという結果は大変興味深かった。一見無関係に見える自然界の生態系情報がヒトの生体内での薬理作用予測に有効である可能性を示唆しており、分野を超えた情報統合の重要性を強く感じた。将来的には、この微生物ネットワークと、薬剤・タンパク質・疾患の関係性を網羅したヒトの知識グラフを接続し、生物種を超えた「マルチモーダルネットワーク」を構築することで、創薬に適したより表現力の高い化合物潜在空間の実現を目指しているとのことで、今後の展開が非常に楽しみである。私自身の感想として、化合物の特徴量設計において、化学構造情報に加えて、その化合物が自然界でどのような役割を担っているかという「エコロジカルな文脈」に着目された点が非常に興味深かった。単純な構造類似性だけでは捉えきれない化合物の本質的な機能をAIに学習させる、巧妙なアプローチだと思った。

最後に、本リトリートの一環として行われたポスター発表について自身の経験を報告したい。ポスターセッションは、専門分野の異なるA班(ケミカルバイオロジー)、B班(情報科学)、C班(有機合成)の混成グループ(7〜8名)で実施された。当初の計画ではグループ発表と自由閲覧の時間が設けられていたが、セッションが始まると、各発表に対する質疑応答や議論が予想以上に白熱した。結果として、予定されていた120分間すべてがグループ内での濃密なディスカッションに充てられることとなった。情報科学(B班)を専門とする私にとって、この形式は非常に有益であった。特に、これまで直接的な関わりのなかった有機合成(C班)の研究者から、AIが生成した化合物の合成可能性(シンセサビリティ)に関する実践的な課題や、構造の新規性についての化学的な視点からの意見を伺うことができたのは大きな収穫だった。同様に、ケミカルバイオロジー(A班)の研究者からは、提案手法の生物学的妥当性などのフィードバックを得ることができた。この異分野交流を通じて、自身の研究テーマをより広い文脈で捉え直し、今後の研究展開における新たな視点を得ることができたと感じている。

博士課程2年・鈴岡 拓也