第47回 日本分子生物学会 年会 (MBSJ2024) 参加報告

2024年の11月27日から29日の3日間福岡で開催された日本分子生物学会 (分生) に参加したので、その報告をする。

分生は昨年度神戸で参加した以来2回目の参戦である。投稿した演題は前回と同じテーマである。ポスターを作成する際に去年のポスターを見返す機会があったのだが、Future plansに書いていた内容がアップデートされたポスターを1年後の今回作成することができた。マイナーチェンジはあれど、大体の大筋は1年前からの計画をなぞっているように思えた。年に一度、ポスターのような形でまとめるのは良い記録であり研究と向き合うまたとない機会と感じた。また、今回はありがたいことに公募シンポジウムに採択いただきオーラル発表の機会をもらった。詳しい内容は後述するが、昨年度のサイエンスピッチに続く発表の機会をいただくことができた。まずは参加したいくつかのシンポジウムについて報告する。

分生はとにかく生物系なら何でもOK。というスタンスの学会で、バイオインフォマティクス学会やCBI学会 (創薬系の学会) のような学会と違ってテーマの絞り方が非常に緩い。そのため、普段全く触れることのないテーマに触れることができるため個人的には好きな学会であり、自分の研究に近い内容はラボメンバーの誰かが行って報告してくれると思ってシンポジウム等は積極的に普段触れない内容のものに参加するようにしている。というわけで初日参加したのは「糖鎖」に関するシンポジウムである。糖鎖は前回沖縄で行われた国際学会APBJCの参加報告でも少し触れたが、何かできないかと何となく思っている領域である。今回分生で参加したシンポジウムでは「データベースを作りました」といった内容ではなく、糖鎖がどうやって合成されるのか、植物特有の糖鎖がアレルギーに関与していそうだ、生物間で保存されている糖鎖の構造についてなど基礎よりの内容が多かった。このセッションで一番感じたことは、糖鎖はかなり色々な場所 (核酸、タンパク質、細胞壁など) で登場する重要な要素であるにもかかわらず、私自身は普段あまり目にしないワードであるということである。このシンポジウムで糖鎖の種類などが生体の正常・異常に多かれ少なかれ影響を与えていることがわかった。糖鎖の情報を含めた創薬や病態の理解を行うような研究は個人的には興味がある。

二日目に参加した、細胞の形を数学的な理解を目指した研究に関するシンポジウムに参加した。一連の発表の中で感じたことは生物をわかった上での数学などのツールを使うことが大事であるということである。このことを特に強く感じた演題を紹介する。胚発生の初期をモデリングするという研究で一般には胚の形をきれいな楕円形にするのだが、この研究では実際の形 (割とボコボコとした不安定な形状) にすることで新たな発見があった。という発表だった。この研究により、胚に不均一かつ非対称に存在する”隙間”を数学的に記述することが可能になり、この不均一な”隙間”が胚発生に重要な影響を与えているとのことだった。特筆すべきはこの研究で着目した実際の形や”隙間”は普段の胚の観察から不思議に思っていた点であるということである。このような、生物学的な疑問を数理に落とし込んでいるという点で非常に勉強になった演題であった。

今回参加したシンポジウムで個人的に最も興味を惹かれた発表は三日目の午後にあった腸内細菌叢に関するセッションである。元々別のセッションに参加しようと思っていたのだが、人気セッションで会場に入れず「腸内細菌叢って全く興味ない訳じゃないし」と思い、やむ無く入ったセッションである。一つ目の印象的だったポイントは、腸管におけるトリプシンの分解は腸内細菌によるもので疾患にも関わっているということである。消化酵素の一つであるトリプシンは通常十二指腸を抜けると分解されその活性がピタッと収まるという。この分解をどうやら腸内細菌叢のメンバーの誰かが担っており、細菌叢が乱れるとトリプシンの分解が行われずに腸管を傷つけながら糞便中に排泄されるという。この演題ではこの原因細菌を特定し、その機能をin vivo/in vitroで証明したという発表であった。トリプシンという生命科学をやっていれば皆知っている超有名酵素の分解が特定の細菌が担っているとは驚きである。このことはヒトと腸内細菌は相当密接な共進化を行ってきた結果なのだろう。驚いた点その2は、腸内細菌叢は日内変動している。という演題である。腸内細菌叢研究の暗黙の過程の一つに時間的定常性がある。つまり、腸内細菌叢は抗生物質などで乱すことがなければ変化しないという仮定である。この仮定はかなり乱暴な仮定でlife spanでも変動しているし、最近の研究で日内変動していることが演者らの研究で明らかになった。そのメカニズムや役割の解明はこれからであるが、間違いなくホストであるヒトに (その逆も) 影響を与えているに違いないだろう。そしてこの学会で最も衝撃を受けた発表が腸内細菌叢と疾患に関する理化学研究所の須田 亙先生のご発表である。腸内細菌叢と疾患の関係はこれまで様々な報告がされてきたところではあるが、今回明らかにしたそのメカニズムが個人的にはあまりにも衝撃的だった。対象にしている疾患は多発性硬化症 (MS) で、初期は有効な治療薬もあり増悪と寛解を繰り返すが徐々に薬が効かなくなりうつ手がなくなってくる疾患である。MSと腸内細菌叢の関係は2010年代前半より示唆されていた。詳細は割愛するがメタゲノム解析をはじめとする解析によって原因細菌を特定したのだが、驚くことに軽症な患者と重症な患者で異なる株が存在していることがわかった。重症な患者の細菌叢に存在するその細菌は本来有していない鞭毛と硫化水素を作る遺伝子が水平伝播によって獲得し悪さをしていることがわかった。また、さらなる解析によってこの原因細菌は元々悪さをするような細菌種ではなく、ヒトとの共生の歴史の中で水平伝播から身を守る遺伝子が欠損したことが示唆されるという。これまでは属や種で止まっていた腸内細菌叢の解析は今後、株 (系統) レベルまで調べる必要がある時代になりつつあるというのが先生のTake Home Messageであった。最後に、このような解析は最近流行りのロングリードシーケンスの登場によって相当進むのではないかというお話をいただいた。というのも、これまで行われていたショートリードシーケンスではゲノムを一度ズタズタにし、配列を再構成している。この過程で、水平伝播された配列をほとんど見逃しているという。実際、ロングリードによって得られた結果からは相当な水平伝播が検出されている。これは使えるぞ。という新しい技術をいち早く取り入れることによって誰も見たことない現象を捉えることができたという非常に良い勉強になった。

最後に自分の発表について報告する。冒頭でも述べたが今回の学会ではポスター発表以外に公募のシンポジウムでの口頭発表を行った。ポスター発表はありがたいことに人が途切れることはなかった。また、中には私のポスターを狙って見にきてくれた先生もいらっしゃった。毎回反省している気もするが、今回もこちらが話しすぎてしまったと感じた場面が何度かあった。的確なQ&Aを日頃から意識したい。また、昨年度と違って聞き手の理解度に応じたトークが上手くなったと感じている。これまでは聞き手の属性に関わらず同じような説明をしてしまっていたが、色々なレベルでお話しすることができたと思っている。この一年で場数を重ねた成果だと感じている。今回もらった質問は「これどうやっている?」という、タイプの質問が多くこちらがアタフタしながら答えるような質問は少なかった印象である。

今回の学会での個人的な目玉イベントである口頭発表について報告する。私が発表したセッションは「アカデミア創薬会議2024」で、名前から分かる通りアカデミア (一部企業の研究もあった) で様々なアプローチでやっている創薬に関する演題を集めたセッションである。聴講に来ていた方々の名札を見たところ、製薬会社の方々が多い印象だった。ありがたいことに会場は最初から立ち見が発生するほどで、後から聞いた話では入り口に「オンラインで聞いてください」という案内が出たらしい。私の発表は後半でそんなに緊張していたつもりではないが、正直な話それまでの演題はなんとなくしか覚えていない。発表自体は大きな失敗もなく終えることができた。質問をいただく機会もあったが、こちらに関しても適切な返答ができたと思う。口頭発表だからといって特別厳しい質問がくるわけではなくて、おそらく日々の進捗報告やポスター発表の延長にあるものであるので、日頃から尋ねられた質問に (その場では答えられなくとも) 回答を準備しておくのが自分を助けてくれたと思う。実際いただいた質問はこれまで何度か尋ねられた内容であった。一方で、清水先生含め何人かの知り合いからは、「聞こえないわけではないけど、もう少し大きい声で。もっと自信がありそうな感じで話せるといいね」というコメントをいただいた。私自身も発表の中で感じていたことで、恐る恐る話し始め、そのまま起伏のない単調な声で発表してしまったと反省している。このほかにも細かい反省は枚挙に遑がないのだが、合格最低点くらいは取れたと振り返っている。また、演者として初めてフロアを見たのだが、意外にも演者から顔が見えていると感じた。聞きに来てくれていたラボのメンバーの顔は特にパッと入ってくる。他にも真剣に聞いてくれている人も目に入ってきた。今後、聴講者として参加している時はそう見られていることを意識しながら参加したいと思う。

今回得られた知見やフィードバックを今後の研究に還元していきたい。来年再来年は割と近い横浜で開催の分生であるが、さらにパワーアップした発表・討論ができるように日々精進していく所存である。

修士2年・大谷 悠喜