Science Tokyo (MD) SPRINGリトリート2025 参加レポート
この度、2025年11月5日から7日まで静岡県浜松市で開催されたScience Tokyo SPRING (MD) リトリート2025に参加してきたので、その感想を共有する。本イベントは、科学技術振興機構Invention (JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)の支援を受けている本学の医歯学系学生が集まるイベントであり、今回が初めての参加であった。
諸事情により初日の到着が遅れ、実質的に2日、正味1日半という限られた時間での参加であった。その中で最も印象に残っているのが、2日目の朝一番に行われた武部貴則先生の講演である。武部先生は横浜市立大学を卒業後、31歳の若さで本学を含む複数の機関の教授を務め、現在もアメリカと日本に拠点を持ちながらオルガノイド研究の最前線で活躍する研究者である。また、「腸呼吸」の研究で2021年にイグノーベル賞を受賞されたことでも広く知られている。講演のタイトルは「跳ぶように発見、這うように証明」であった。先生は、iPS細胞から肝臓の機能的多層構造(Zonation)を再現した「多層肝臓オルガノイド」の開発や、それらのオルガノイドを人工いくらに着想を得て作られた膜で包んだ用いた体外循環治療システム「人工肝臓装置(UTOpiA)」といったオルガノイド研究の最新の知見を紹介しつつ、我々博士課程の学生に向けたキャリアに関する多様なアドバイスを織り交ぜて紹介してくださった。アカデミックな最先端の研究内容と、学生を鼓舞する哲学的なメッセージ、その両者のバランス感覚と聴衆を引き込む発表の構成力に、冒頭から圧倒された。講演タイトルは、実業家の久能祐子氏との対話の中で得た「Leap to Invent, Crawl to Innovate」という言葉に由来するという。先生は、この「Invention(発見・発明)」と「Innovation(革新・革命)」の違いを、自身の経験を交えながら解説された。Inventionとは、”curiosity” や “seeds-driven” で行われるartisticな営みであり、一方innovationは、それを「社会に役にたつ」形にまで昇華させるプロセスである。先生はinventionは少人数で一気呵成に取り組み、innovationは大人数で強調して取り組むことが成功の秘訣であると述べられていた。武部先生は、ご自身のスタンスとして「研究者としてinventを大事にしている」と強調しており、社会に広く認知される以上の喜びを、自分の中に見出せるようにしてほしいというメッセージが印象に残っている。
実は、私が医学科1年生の時の授業で武部先生の講義を聴き、その内容と熱意に深く感銘を受け、講義後に個別にお話を聞かせていただいたという経緯があった。当時の私は、臨床医を志し医学科に進学したが、入学後に基礎研究医の存在や研究の面白さを知り、その両者の間でキャリアを模索し始めたばかりであった。それらの経験を通じて博士課程へ進学した今、再び武部先生の話を、今度は博士学生という立場で聴くことができたのは、大変感慨深いものであった。今回の講演の中で武部先生は、ご自身も元々臨床医を志して医学科へ進学した経緯と、現在臨床を行なっていないことに少し後悔しているという気持ちを語られていた。私は、まさにその点について伺いたいと思い、講演後に質問する機会を得た。先生は臨床現場にはいつでも戻りたいと思ってくるくらいだと述べつつも、そうしていないのは、それ以上に今の研究が面白いと考えているからであるとおっしゃっていた。また、キャリア選択に関して、周りの人に影響されるようなキャリアじゃなければうまくいかないというアドバイスや、学部時代は周囲とは違うことをしたいという反骨心から研究を続けていた経緯に触れつつも、最終的にはcuriosity-drivenでなければ続かないという話をしてくださった。これらの言葉は、武部先生と同じように医学部進学後に研究の魅力に惹かれた自分にとって、大いに参考になるものであった。臨床と研究、その両者をやりがいのある素晴らしい仕事と捉えた上で、自らのキャリアを選択されている武部先生は、私にとっての重要なメンターの一人であると改めて実感した。
今回のリトリートでは、武部先生の講演以外にも、多くの貴重な経験があった。本イベントは医歯学系の学生の集まりであり、臨床的な研究を行う大学院生も多かったが、一方で医学や歯学ではない学科出身で、基礎的な研究を行なっている学生も多く参加していた。幸いにも、そうした基礎系の学生何人かと仲良くなることができた。彼らと話す中で痛感したのは、細胞や実験動物を扱うウェット実験の経験に関する、自身との大きなギャップである。私自身、所属する研究室の勉強会を通じてウェット実験の知識は学んできたし、これまでの研究室活動・研究プロジェクトでも、一通りの実験操作は体験してきた。それでもなお、研究時間の多くをウェット実験に割き、それを専門とする彼らとは、同じデータを見てもその解釈や、背景の実験の労力を見積る能力が決定的に違うと感じた。今後、自分もウェット実験をメインにするテーマに取り組みたいと強く考えている。次の機会には、彼らと同じような感覚を少しでも身につけた上で再びディスカッションしたいと考えている。
今回のリトリートは、自分の博士課程における研究とその後のキャリアについて、武部先生というメンターの言葉と、同世代のウェット研究者たちという仲間からの刺激という二つの側面から、深く考える上で大変有意義な回であった。また、懇親会やナイトセッションでは多くの学生と大変楽しく交流することができた。このような貴重な機会を提供してくださった先生方、並びに本学学務の方々に、この場を借りて深く感謝申し上げる。
