メディカルAI学会2025参加報告

2025年6月27日、28日に開催されたメディカルAI学会へ参加した。本報告書では、この機会を通じて得られた知見を簡単にまとめる。学会全体を俯瞰すると、ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)などの生成AIへの大きな期待と、その信頼性の担保についての議論が多く見られた。また、「メディカルAI」という学問分野そのものの発展を示唆する発表も多く見られた。従来医療AIの分野はレントゲンやCTなどの画像解析が中心となっていたが、今回の学術集会ではマルチオミクス解析や創薬の分子シミュレーションといった基礎医学的な発表も目立った。これは、従来別々の分野とされてきた「臨床研究」と「基礎研究」といった枠組みを超えて、医療AIという新しい学問領域が生まれつつあることを示しているように感じられた。

学会初日は、まず「医療用LLMの品質管理とセキュリティ」というセッションを聴講した。AIは診断能力だけでなく、問診における共感性ですら人間を上回る可能性を秘めており、その驚異的な性能を安全に活用するための「信頼性の担保」が最大のテーマとなっていた。

この課題に対し、講演では多角的なアプローチが示された。品質管理の面では「再利用性の高い部品の開発(FOR開発)」と「それを用いたシステムの開発(WITH開発)」に責任を分けて考える手法が提唱された。また、AI開発の全プロセスで生じうる人的・データ由来のバイアスや、プロンプトインジェクションといったセキュリティ上の脅威にも言及があり、それらに対する体系的なリスク管理や多層的な防御の必要性が指摘された。一連の講演は、もはや個別の技術論ではなく、開発プロセス全体を管理する視点こそが医療AIの実用化に不可欠であることを示すものであり、新規技術の導入がどうしても遅れがちな医療という領域でもそのようなシステムマネジメントの議論が具体的に進むほど生成AI、LLMの技術が急速に伸展しつつあることが実感されたセッションであった。

午後にはデータ統合による具体的な社会実装の事例についての発表を多く聴講することができた。特に印象に残った二つの取り組みを報告する。山梨大学が主導する「デジタルツイン」研究では、疫学・ウェアラブル・オミクスの3つの情報を統合し、個人の健康状態をデジタル空間で再現するという壮大な構想が示された。特筆すべきは、「オミクス健診」という仕組みを通して、研究者が行政・住民を巻き込み、主体的な参加を促す社会実装の枠組みを構築した点である。この仕組みを通して山梨県では採血によるオミクス情報、ウェアラブルデバイスによる生活習慣データ、定期的な健康診断による臨床データを継続的に取得することができているとのことであった。また、榊原記念病院とNTTによる運動処方箋AIモデル「AI-CPX」は、専門的な検査機器なしに安全な運動強度を個別最適化するもので、医療資源が限られる地域や在宅でもモデルの予測に基づいて心臓リハビリを処方することが可能になるなど、医療アクセス格差の是正に貢献する好例であった。特に心臓リハビリテーションでは、その処方のために専門医が必要となるという点だけでなく、患者に心肺運動負荷試験 (CPX)を課す必要があるという点も大きな課題であり、AIを活用することでCPXの代替を試みるという発想は非常に理にかなった医療AIの一つのモデルケースと感じられた。これらの研究は、いずれもただ技術的な精度を追求するだけでなく、その研究成果を「いかにして社会に還元するか」という明確なビジョンのもとに研究活動をおこなっていた点が印象的であり、研究者がアカデミアの枠を超えて社会課題の解決に挑む新しいモデルケースだと感じた。研究の出口戦略としての社会実装モデルを具体的に学べたことは、大きな収穫であった。

学会2日目の特別講演では、国立がん研究センターの間野博行先生が登壇し、日本の医療AI開発における国家戦略と課題について包括的な展望を示された。政府主導で開発が推進される一方、最大の障壁は「研究に利用可能な、同意の取れた高品質なデータが絶対的に不足していること」であると指摘。この課題に対し、国民皆保険の強みを活かしたがんゲノム情報管理センター(C-CAT)の成功例を挙げ、このような目的志向型のデータ基盤を日本全体で拡充していく必要性を訴えられた。保険診療の遺伝子パネル検査結果を一元管理し、大規模なデータベースを構築するこのプロジェクトは、誰もが必要性を認識しながらも、その巨大さ故に実行が困難だったものであり、C-CATの実現は、まさに間野先生をはじめとする運営チームの強いリーダーシップを物語っている。「他国に負けない日本独自の仕組みを構築する」という先生の本気の姿勢が伝わる、非常に勇気づけられる講演であった。

もう一つ、二日目の講演で印象に残っているのは東京大学の合田圭介先生のご講演である。先生は「メディカルAIにはデータがすべて」と断言し、アルゴリズムの進化を凌駕する革新的な計測技術を次々と紹介された。血小板凝集塊の高速イメージングや細胞診の高速3Dデジタル化、そしてショウジョウバエの高速解析により動物実験の代替を試みる「Flow Zoometry」といった技術は、AIの学習に不可欠な、質・量ともに優れたデータを「生み出す」段階でのブレイクスルーを可能にする。AIというとアルゴリズムの改良に目が行きがちだが、入力データの質と量が性能の天井を決める以上、データ取得技術そのものの革新が本質的なブレイクスルーを生むという主張はまさにその通りであり、先生の研究室がとり組んでおられる数々の技術は、創薬などの多分野で研究のパラダイムを根底から変える可能性を秘めているように感じられた。

本学会への参加を通じて、医療AIが新たなステージに移行しつつあることを確認した。これまでの識別型AIに加え、生成AIの活用が本格化する中で、「信頼性の担保」が技術開発と社会実装における最重要テーマとなっている。同時に、AIの性能を最大限に引き出すための「高品質なデータの確保」が、国家レベルのインフラ構築から革新的な計測技術開発に至るまで、あらゆる階層で追求されている。今後は、これらの先進的なAI技術の恩恵をいかにして安全かつ公平に臨床現場へ届け、患者・医療従事者双方の利益につなげていくか、社会実装のフェーズがより一層重要になると感じた。

博士課程1年・中西 一貴

この度、2025年6月27日から28日にかけて開催された2025年度メディカルAI学会に、医学・医療分野における人工知能(AI)活用の最新動向を学ぶために参加してきた。本学会は、AI技術の医学・医療応用に関する研究成果が発表される場であり、基礎医学におけるAI応用の研究に興味を持つ自分としては是非様子を知りたいと考え、今回初めて参加した。本レポートでは、私が聴講したセッションの中から特に興味深いと感じた内容を抜粋し、その概要と所感を報告する。

「メディカルAI」という名称の通り、本学会では医学(基礎研究)と医療(臨床応用)の両分野にまたがる発表が行われていたが、全体としては後者の、より臨床現場に近い「医療」に関するテーマが圧倒的に多い印象を受けた。その中で特に印象に残ったのは、「大規模な疫学・IoT・オミックス情報の融合によるデジタルツイン研究の推進 〜日本における先制医療の社会実装に向けた取り組み〜」と、「地域から世界へ ― 弘前大学 COI-NEXT が目指す Well-being 社会の実装」という2つのコホート研究の発表である。前者では、個人の健康状態や病気の進行をコンピュータ上で再現・予測する「デジタルツイン」の構築に向けた先進的な取り組みが紹介された。この研究では、年齢や居住地といった疫学情報、ウェアラブルデバイスから得られる血圧などの日常的な生体情報(IoT)、そして遺伝子やタンパク質などの網羅的な情報(オミックス情報)という3種のデータを統合する。これにより、例えば乳児の急性細気管支炎が将来の喘息に繋がるかを予測したり、成人の生活習慣病のリスクを事前に察知したりするモデルの開発が進められている。特に、山梨県で実施されている「山梨マルチオミックスコホート研究」では、対象住民から3ヶ月ごとに詳細なオミックス情報を取得するという、非常に密度の高いデータ収集が行われているとのことだった。大規模な公衆衛生的な研究においてプロテオームやメタボロームなどのオミックスデータを計測しているという話をこれまであまり聞いたことがなかったため、大変驚いた。後者の弘前大学の発表は、青森県の長年の課題である「短命県返上」を目標に、2005年から弘前市で続けられている大規模健康調査が基盤となっている。この調査では20年近くにわたり、毎年1000人以上の住民の協力を得て、一般的な健診項目に加えてゲノム情報や生活習慣など3000項目にも及ぶ「健康ビッグデータ」を蓄積してきた。この膨大なデータを活用し、企業や他研究機関と共に、AIを用いて個人の疾患リスクを予測し、一人ひとりに合わせた健康指導を行うプログラムを開発しているとのことだ。企業との共同研究の例としては、花王株式会社の内臓脂肪計測技術を活用したメタボリックシンドロームとロコモティブシンドロームの関連性の解明を目指す研究が紹介された。これら2つの発表に共通することは、いずれも単にAIモデルを開発するだけでなく、長年にわたる地道な疫学コホート研究を基盤とし、そこにゲノムやプロテオームといった最先端のオミックスデータを組み合わせている。これらの極めて貴重なデータを最大限活用するには、適切なオミックスデータ解析手法の開発が欠かせないと改めて感じた。

より自身の研究分野に近い基礎医学的なセッションとしては、バイオインフォマティクスのセッションがあった。各発表の分野としてはゲノム解析、GWAS、がんゲノム解析、シングルセルであった。1つ目のゲノム解析は、遺伝子の転写を促進するゲノム領域であるエンハンサーが複合体を形成して構成されるスーパーエンハンサーを解析するプラットフォームの開発である。スーパーエンハンサーはがんの進展に関わることが近年明らかになっており、開発手法はRNA-seqとChIP-seqを必要とする。2つ目のGWASは、産後うつを形質として、東北メディカル・メガバンク計画などの大規模なゲノム情報を解析し、出産回数や家族構成といった交絡因子を考慮した上で、産後うつに関連する遺伝子多型の同定を試みていた。博士課程の講義でGWASについて学んだこともあってか、これまでよりも解像度高く発表を解釈することができたと感じた。3つ目のがんゲノム解析は、がんの20%に関わるとされる「融合遺伝子」が、実際に病気を引き起こすものかをAIで予測し、その判断理由を専門家が理解しやすい形で提示するフレームワークの研究であった。1アミノ酸変異の影響をAIで予測することは盛んに行われているが、融合遺伝子に対する予測はこれまで聞いたことがなかった。学習データの少なさやタンパク質の形態などが大幅に変わりうることなどにより非常に難しいタスクではあるが、がんのゲノムを解き明かす上では将来的に克服すべき課題であると考える。4つ目は、創薬の初期段階である治療標的の探索を効率化する、遺伝子発現基盤モデルを用いた研究である。膨大な細胞の遺伝子データを学習したAIに、仮想的に特定の遺伝子の機能を停止(ノックアウト)させ、その影響をシミュレーションするというものだ。本発表は、大会長である奥野恭史先生の研究室に所属される修士学生の方が発表されており、大変わかりやすく素晴らしいプレゼンテーションであった。同研究室の学生の方々が本大会の基礎医学寄りの発表を多くされており、彼らの研究テーマが当研究室の興味と近く、良い刺激となった。

本学会への参加を通じて、医学・医療分野におけるAI研究の現状と未来について改めて考える機会を得た。臨床応用を目指す研究では、データサイズの問題や、画像診断など一部の分野で強力な性能を示す事前学習済みモデルが台頭する中で、使用されるAIモデルがある程度固定化されている傾向も感じられた。そのような状況だからこそ、何を課題として設定するのか、そして研究成果をどのように見せるのかが非常に重要になると実感した。つまり、単にAIの予測性能を示すだけでなく、従来からの統計的な手法や単変量の解析と比べてどの程度有用なのか丁寧に示し、モデルの意義や適切な使い方を明示することが、聴衆を納得させる上で極めて重要であると痛感した。これは、自身の研究発表においても大いに参考にすべき点である。また、臨床を専門とされている先生方が、最新のモデルも駆使しながら研究を進められている事実に、強い感銘を受けた。そして、将来医学研究者として自らの強みを見出していくためにも、AIを活用するだけでなくその背景の理論に関する知識をさらに深めることが重要であると再認識した。その上で、AIを自身の興味の中心である基礎医学の分野にどう応用できるか、特に実際の実験とAIによる解析をいかにして効果的に織り交ぜていくか、という視点で大学院での研究生活に邁進していきたいと、決意を新たにした。

博士課程1年・伊東 巧