第77回日本生物工学会大会 参加報告

この度、2025年9月10日から9月12日にかけて広島工業大学五日市キャンパスで開催された日本生物工学会大会に参加した。生物工学会は2023年に創立100周年を迎えた非常に歴史ある学会であり、醸造学会や発酵工学会など名称を変更しつつ現在の生物工学会になっている。そのため、微生物を対象とした有用物質の生産や食品工業への応用的研究や、酵素工学と呼ばれる酵素 (例えばDNAポリメラーゼ) の改良や人工酵素の作成などの研究が非常に多い。その他、これらの研究を支える新しい計測技術や培養技術、診断・治療など医学領域への応用に関する演題もあった。私自身、微生物による感染症の研究をしているということで、直接関係のある研究自体はほとんどないが、体感としては半分弱が微生物が関わる報告であったため、非常に勉強になった。

全体的な感想としては、聴講する講演やシンポジウムの選び方次第で内容の理解度が0か100に極端に分かれる学会と感じた。私は、学会に参加したら必ず一回は自分の領域や興味からかけ離れた内容の演題を聞くようにしている。清水研の多くのメンバーが参加する分子生物学会やバイオインフォマティクス学会などでは、このような選び方をした講演を聞いても全くわからないということはほとんどない。一方今回参加した生物工学会はさっぱりわからないシンポジウムがいくつかあった。もちろん畑が違うということもあるが、原因の一つに、今回の学会が生物”工学”会であると振り返っている。普段私が触れる研究の目的はメカニズムの理解やあっても臨床応用といったところであるのだが、生物工学会では演題の選び方によってはかなり社会実装に近いところの研究・開発の話が多い。より効率的に醤油や味噌を作るための温度・湿度管理システムや大量かつ均一な生産のための自動化などである。すぐに自分の研究に何か取り入れられる訳ではないが、全く知らない世界を知ることができるのは学会の醍醐味だと改めて感じた。

ここからはいくつかの研究について少し詳細に報告していきたい。まずは、初日に聴講したバイオプロセス/培養工学について報告する。培養工学とは生物生産に用いられる微生物、培養装置と操作、培養プロセスのモデリングやシステムの最適化などを目指した学問領域である。正直なところ普段、あまり深く考えずに培地を使っている私からしたら、「え、そんなところまで検討するの?」と思いながら聴講していたのだが、非常に勉強になる話ばかりであった。その1つとして、筑波大学の先生によるムチン層を導入した腸管模倣共培養システムの開発に関する発表を報告する。腸管におけるムチン層は宿主側のヒトにとっては防御機構の一つとして機能し、腸内細菌にとっては栄養源かつ増殖の素地として利用される。しかしながら、これまでムチンを導入した培養環境の検討は十分でなく、その役割や相互作用は不明瞭な部分が多いという。そこで腸管の細胞であるCaco-2を素地とした培養の上にムチン層を導入して幾つかの腸内細菌を培養し、その影響を評価した。この中で、特に興味深かったのは観察する対象である。もちろん、菌や細胞そのものも観察するのだが、培地自体を観察対象に含まれていた。具体的にはムチン層の酢酸量や酸素濃度の計測することで、ムチン層が細菌や細胞にどのような影響を与えているのかを推定するという観察方法である。さらに驚いたことがこの計測だが、細胞側と細菌側でムチン層を分けて解析しているということである。様々な計測は細胞や細菌そのものに対して行うものだと考えていたことに気付かされる研究であり、自分に無意識な固定観念があることを認識させられた。同一の一般講演では、このほかにも様々な培養法に関する研究が紹介された。特に印象に残っているのは、振盪のいらない培養方法に関する演題である。細かい原理については把握しきれていないが、酸素の供給が可能など特殊なプレートでシェイカーなどによる振盪を必要とせずに細菌の増殖やタンパク質の発現などが可能なシステムとのことだ。技術としてすごいなー、と聞いていたのだが、このシステムの有用性は同時に大量に培養することが可能であることにある。というのも、シェイカーという決まった容量の場所に入れる必要がないため大量に重ねて培養することが可能である。そのため、同時並行で進行可能な実験の数が増えるため大量にデータを取ることができる。これは、データ枯渇問題に対処できるほか、AIによる予測→実験→モデルの更新…といったサイクルを高速に回すことやロボットとの相性が良いなど、我々のこの後の研究にも関わってくるかもしれない重要な技術であると感じた。

              酵素工学に関する研究も多数発表されていた。タンパク質工学は酵素工学の分野に含まれる重要な領域である。普段私の目に留まるタンパク質工学関連の内容はmini binderを作りました。とか酵素の活性を調整しました。のような内容であり、生物工学会で発表されていた内容も大筋は同じ内容であった。ただ、実用化を念頭に置いて研究を進めている印象をかなり感じた。酵素の活性が少しでも上がれば、工業レベルで大量に生産する際には生産物の収量は相当な量になる。今回、実際に利用されている醤油工場の装置などの写真を見る機会があったのだが、思っていた以上に規模が大きい。確かに、この規模を考えれば僅かにでも酵素活性を改善できたら、収量にかなりの差が出るだろう。また、タンパク質工学の文脈で、酵素の活性を落とさずに熱安定性を獲得することを目指した研究の話を目にすることが多い。正直なところ、作成したアプリケーションの1デモンストレーションぐらいにしか思っていなかったのだが、工業的には熱安定性は非常に重要である。というのも前述した醤油工場なのだが、酵母による発酵は熱を発する。この排熱量は私の想像をはるかに超えており、温水プールを運営できるほどになるとのことだ。自然界においては、ここまでの発酵による高温は起きることはないため、進化的な選択圧もかかっていないだろう。それゆえに、安定した物質生産のためにタンパク質工学の知見により高い熱安定性を保持した酵素開発が必要になっている。このセッション以外でも感じたが、明確な社会実装を提示した工学の研究をいくつか聞いたおかげで、これまで「なんでこの研究やっているのだろう」と思っていた内容に対して、自分の中で納得のいく回答をいくつか得ることができたのは大きな収穫だと感じている。

最後に情報学・機械学習手法との融合に関する研究報告について紹介したい。この学会の領域におけるAI・機械学習手法の主な利用法はRFdiffusionやAlphaFold3などによるタンパク質やその複合体の立体構造の予測及び生成と培養条件の最適化の2つになるだろう。直近1年~1年半での複合体予測手法の発展は目覚ましい。AlphaFold Multimerなどはあるが、それまでタンパク質単体の立体構造の予測のみでタンパク質同士もしくはタンパク質と化合物や核酸などの他のモダリティとの複合体の立体構造予測には限界があった。酵素工学においては酵素と基質の相互作用が重要であり、AlphaFold3等の登場により複合体の立体構造のみならず相互作用に関するスコア (ipTMなど) が利用できるようになっている。生物工学でも、これら情報科学技術の取り込みは行われており、今後さらに加速していく予感がある。

今回の学会はポスターなどの発表はなく、勉強目的で参加させていただいた。自分の専門分野とは異なる「工学」の視点に触れたことで、知識的な部分だけではなく、問題の考え方・捉え方に関して参考できる部分は多いと思っている。生物工学会では計測技術に関する研究も発表されている。我々の研究に直結する高度な技術を有する先生との繋がりを持つことができた。生物情報系の研究者にも参加してもらうことで、卓越したdryとwetの融合研究が可能になるだろう。大雨の影響で初日と最終日の午前中のシンポジウムが中止になるなどトラブルもあったが、総じて有意義な学会参加であったと振り返っている。機会があればまた参加したいと考えている。

博士課程1年・大谷 悠喜

9月10日から9月13日にかけて、広島工業大学で開催された第77回日本生物工学会(2025)に参加させていただきました。

本学会では遺伝学・分子生物学や遺伝子工学をはじめ、酵素学、タンパク質工学、抗体工学といった分子レベルの研究から、代謝工学や発酵工学、さらにはオミクス解析やシステムバイオロジーに至るまで、多岐にわたる分野を対象としています。また、食品科学や醸造工学、環境浄化技術、バイオマス・エネルギー利用など社会応用に直結する領域やバイオプロセス、培養工学といった産業化技術など、普段あまり馴染みのない分野の題目もあり、大変勉強になりました。参加者の方はアカデミアの方に限らず、企業の方もたくさんいらっしゃり、発表もされていることが多かったです。また、特許を取ったという話も多く、私が今まで参加してきた学会とは一線を画していました。参加したセッションの中で印象に残ったものをいくつか記させていただきます。

「メディカル+バイオエンジニアリングの新潮流」というシンポジウムでは、医療分野における応用可能な新しい技術についての講演が行われました。特に印象に残っているのは、安全性と高殺菌力を両立する過硝酸(HOONO₂)を用いた世界初の殺菌技術によるブレイクスルーと超越がん細菌療法の創出という2つの発表でした。 過硝酸殺菌技術(http://www.ppl.eng.osaka-u.ac.jp/pna/index.html)については、革新的な殺菌手法として非常に興味深い内容でした。過硝酸は亜硝酸と過酸化水素の混合により合成され、過酸化水素の20,000%、次亜塩素酸の4,200%に相当する殺菌力を有するとのことでした。特に驚いたのは、従来の殺菌剤では困難とされる細菌芽胞(Bacillus subtilis)の不活化を10秒以内で達成できる点です。さらに、動物実験により安全性も確認されており、0.1 Mの過硝酸溶液でも有害性が認められなかったという結果は、実用できるものだということを感じさせました。また、なぜそれが可能かといった解析では半減時間が生体環境下で数秒程度と短く、組織内部への浸透が限定的であることから生体表層での選択的な殺菌作用を発揮するということが評価されており、臨床応用の観点から有望と感じました。また、超越がん細菌療法は、従来の概念を覆す革新的ながん治療法として非常に印象に残りました。私自身は腫瘍溶解ウイルスについては知見があったものの、細菌を使った療法は全く把握していませんでした。ご講演では、低酸素環境の腫瘍内部に選択的に集積・増殖する非病原性の紅色光合成細菌を用いて、近赤外レーザー(800–1100 nm)照射により近赤外蛍光、光発熱、活性酸素種発生、光音響という多様な機能を同時に発現させ、抗がん活性を示すといった内容をお聞きしました(Yang et al., Nano Today, 2021)。腫瘍微小環境の低酸素性と嫌気性細菌の相性の良さには納得がいくものがあり、とても賢いと感じました。さらに興味深かったのは、大腸癌組織から単離した3種の細菌(A-gyo=Proteus mirabilis、UN-gyo=Rhodopseudomonas palustris、AUN=両者の複合体)を用いた研究(Goto et al., Adv. Sci. (Weinh.), 2023; Iwata et al., Nat. Biomed. Eng., 2025)では、AUNが単回投与での完全寛解を示したことです。これは既存の遺伝子改変を必要とするがん細菌療法とは異なり、自然に存在する細菌をそのまま利用するため再毒化リスクが低く、臨床転移への大きな利点となります。免疫細胞(NK細胞、CTL)の活性化も確認されており、免疫療法としての側面も持つ多面的な治療戦略として非常に魅力的でした。また、ご講演ではどういう経緯で開発されたかなどをお聞きすることができ、サイエンスの面白さを感じました。

「生物工学の新たな地平を切り開く革新的バイオテクノロジー」というシンポジウムでは、最先端のバイオテクノロジーについての講演を聞くことができました。このシンポジウムでは、ナノポアを用いた2つの画期的な計測技術に関する講演が非常に印象的でした。1つ目は、ナノポアを用いた1分子センシングによるmicroRNA(miRNA)解析という講演でした。この発表では、DNAコンピューティングとナノポア計測技術を組み合わせることで、miRNAの発現パターンを電気的に検出する革新的な手法が紹介されました。特に印象深かったのは、胆管がんにおいて特異的に過剰発現する5種類のmiRNAを入力とするDNAコンピューティング反応系を設計し、それぞれのmiRNAの存在状態に応じて異なる構造のDNA出力分子を形成させ、その構造の違いによる電流遮断パターンをナノポアで読み取るシステムでした(Takeuchi et al., JACS Au, 2022)。従来のマイクロアレイやRT-qPCRに比べて時間と費用を大幅に削減でき、血液中のmiRNAを用いた実試料評価において癌患者と健常者を識別できたという結果は、リキッドバイオプシーの実現に向けた大きな前進と感じました。さらに、USBに接続するタイプのMinIONナノポアデバイスでも動作することが確認されており、非常に魅力的に感じました。また、診断だけでなく治療まで行うシステムの第1歩として、単一分子レベルで脂質二重膜内に組み込まれたDNAベースの論理ゲートの構築が紹介されており、非常に興味が湧きました(Takiguchi et al., Small, 2025)。2つ目は、ナノポアプロテオミクス:タンパク質の配列、構造、翻訳後修飾の多面的解析で、これは次世代タンパク質シーケンサーの開発に関するものでした。タンパク質は不均一な帯電状態と複雑な折り畳み構造のためナノポアに通過させることが困難でしたが、ClpX unfoldaseという分子モーターを用いて500アミノ酸長を超えるタンパク質を直鎖状にしながらナノポアに通過させる手法を開発しており(Motone et al., Nature, 2024)、この技術により1アミノ酸置換や翻訳後修飾(リン酸化)を単一分子レベルで検出することに成功し、さらに同一分子の再読み取りによって精度を大幅に向上させることが報告されています。本来困難だったアミノ酸配列の読み取りを可能にする画期的な技術の開発であり、率直にすごいと感じるとともに、ClpX unfoldaseという分子モーターを組み合わせるアイデアは革新的だと感じました。今回、この2題のお話を聞いて、ナノポア計測技術の魅力を知ることができ、また、ナノポアから計測されるデータは機械学習と相性が良く、様々な技術開発が可能であると感じ、キャッチアップしていきたいと思いました。

他にも、タンパク質エンジニアリングや目的の化合物を生成するための細菌エンジニアリング、生体材料の開発、代謝フラックス解析、分析化学など、様々な講演・発表を聞くことができ、私自身、多くの刺激を受け、バイオエンジニアリングに対する熱が湧きました。今回学んだことを活かし、日々の研究活動に勤しんでいきたいと思います。最後に災害級の大雨の中、運営をしてくださった関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

博士課程2年・佐久間 智也