潜在空間分子設計2025領域会議 参加報告 2025年5月29日と30日に、神奈川県の慶應義塾大学日吉キャンパスで開催された学術変革領域研究 (A) 潜在空間分子設計第3回公開シンポジウムに参加した。本リトリートでは、化合物潜在空間を活用した新たな分子設計の学理構築を目指す3つの研究班(A班:ケミカルバイオロジー、B班:情報科学、C班:有機合成)がそれぞれの最新研究成果を共有し、分野横断的な議論を行った。本報告書ではリトリート全体の概要、オーラル発表およびポスター発表の内容、そして自身のポスター発表について述べる。オーラル発表の中で特に興味深いと思った発表は古澤力先生の『化合物潜在空間の構築による薬剤耐性進化を抑制する手法の構築』を挙げたい。古澤先生は世界的な問題となっている抗生物質への薬剤耐性菌の出現に対し、本研究では耐性進化を抑制する化合物のスクリーニングとデザインを目指している。そのアプローチとして、ある抗生物質への耐性獲得が別の薬剤への感受性を引き起こす「交差感受性」に着目した。この現象を利用可能な化合物のレパートリーが限られている現状を踏まえ、以下の手法で研究を推進した。まずは大規模スクリーニングと化合物潜在空間の構築である。ラボオートメーションによる全自動培養システムを用い、交差感受性を引き起こす化合物の探索とデザインを行うための化合物潜在空間を構築した。次に実験とデータ収集である。1万通りの選択圧をかける実験を実施し、エンドポイントの大腸菌を単離・解析した。耐性情報、遺伝子発現量、ゲノム情報を収集し、これらの対応関係を評価した。その解析プロセスにおいて特に興味を引いたのは効率的に解析する工夫である。世代ごとのトランスクリプトーム解析をするのではなく、耐性に関わる発現量空間と耐性能空間を10次元で説明できることを見出して、濃度とストレスを割り振った「耐性空間」で代替解析を行った点である。最後に進化軌跡の制御と進化の壁の解明である。ターゲットとする表現型へ向けた進化軌跡の制御可能性や、どの方向に進化しうるのかといった「耐性空間」を調査した。具体的には、3薬剤への同時耐性獲得が可能か、またそこに「進化の壁」が存在するかを検証した。結果として、進化の壁は存在するものの、まず2剤で耐性を持たせた後に3剤目を追加することで、その壁を回避できることが示された。ポスター発表の中でも面白いと感じた発表は酒向正己先生の『相互作用条件を取り込んだ拡散モデルによる分生成手法の開発』である。酒向先生はタンパク質-リガンド間の重要な相互作用、特に水素結合を明示的にモデルに組み込んだ分子生成手法「DiffInt」を提案した。DiffIntは水素結合の情報を相互作用を表す粒子として、扱うことで従来のモデルでは考慮が不十分だった水素結合を介した相互作用を反映したリガンドを生成する拡散モデルである。水素結合を粒子として用いる着想が特に独創的だと感じた。さらに、質疑応答の中で、拡散モデルが発表された初期段階からいち早く研究に取り入れられたという背景を伺い、先端技術の動向を的確に捉え、迅速に自身の研究へと応用する戦略の重要性を実感した。最後に私のポスター発表について触れたい。幸いにも、前回のリトリートでの発表に引き続き、多くの方々に興味を持っていただけた。特に、前回の発表内容との差異点や進捗について質問をいただき、建設的な議論ができた。今回いただいたアドバイスとシンポジウムで得た知見を踏まえて研究を発展させ、次回のリトリートで研究成果を発表したい。 博士課程2年・鈴岡 拓也 2024年5月29日から30日にかけて開催された学術変革領域研究(A)「天然物が織り成す化合物潜在空間が拓く生物活性分子デザイン」の第3回シンポジウムに参加させていただきました。本シンポジウムでは有機合成化学、生物学、情報科学など様々な分野の研究者が一堂に集まり、分野を超えた活発な議論がされました。情報科学・計算化学の最先端の研究に触れると共に、専門外のケミカルバイオロジーや有機合成化学の研究についても学ぶことができました。この機会は情報科学の研究を行う私にとって、自分の研究の視野を大幅に広げる貴重な経験となりました。口頭発表のセッションでは、各分野の最新の研究発表を聞くことができ、大変勉強になりました。A班・C班の先生方の発表では合成から化合物の活性評価まで、一連の研究について学ぶことができました。また、B班の先生方の発表では同じ分野の研究をしていますが新たに学ぶことも多く、またA班・C班の先生方にも伝わるような説明の仕方も大変勉強になりました。さらに、特別講演の上杉 志成先生のお話はとても興味深く、抗腫瘍免疫に作用する新規化合物の同定から標的タンパク質同定、さらにin vivoでの検証までの一連の研究を拝聴させていただきました。ポスターセッションでは私自身も発表させていただきました。同じ情報科学の研究をされている方には、もっとこうした方が良いなどのサジェスチョンを頂きました。また、他分野の先生方には、私の研究に対する需要を実際にお聞きすることができ、大変貴重な機会となりました。いろいろな分野の方に応じた説明を行うのは発表の度に難しいと感じますが、今回は前回よりもわかりやすく発表を行うことができたと感じます。今回の経験を活かし、さらに研究に磨きをかけ、A班・C班の先生方に実際に使っていただけるようなモデルの開発・研究を行っていきたいと考えています。以上、本シンポジウムに参加させていただき、多くのことを学ぶことができました。得られた知見を活用し、自身の研究活動に邁進したいと考えています。このようなシンポジウムを開催していただいた先生方・関係者の皆様に深く感謝申し上げます。 博士課程2年・佐久間 智也