日本薬学会第146年会 参加報告
この度、2026年3月26日から29日にかけて関西大学千里山キャンパスで開催された「日本薬学会第146年会」に参加しました。本学会は8000人を超える参加者のもと18会場で口頭発表が行われ、ポスターも合わせると毎日1500件程度の発表が3日間に渡って行われました。自分にとっては初めての薬学会年会への参加で、大変貴重な機会となりました。本学会への参加を通して得られた学びを、印象に残った講演を中心に共有させていただきます。
今回の学会では情報系のセッションが限られていましたが、その分、関連する研究発表では非常に多くのことを学ぶことができました。当研究室の佐久間さんと同じ情報・計算化学のセッションで発表されていた、東京大学の方による薬物相互作用(DDI)の予測手法に関する発表は大変印象に残りました。既存手法の多くが分子構造の類似性に依存し、生体内での薬物動態・薬力学機序を反映した説明性に乏しいという課題に対し、この研究では代謝酵素やトランスポーター等の生体因子を統合した複数の生物医学知識グラフを活用されていました。知識グラフの埋め込みと分子構造表現をCross-Attentionで結合し、薬物ペアがどの生体因子を介して相互作用を引き起こすかを解釈可能に出力できるモデルとなっており、自分の研究においても非常に参考になりました。また、DrugBankを用いた評価によって生物学的根拠に基づく関係性の優先度付けが可能であることも示されており、性能と説明性の両立に向けた有望なアプローチだと感じました。質疑応答やその後のディスカッションを通じて、この発表者の方が当研究室の藤原さんの学部時代の先輩にあたることが分かり、人との繋がりを感じました。研究のお話に留まらず、今後のキャリアに関するお話なども伺うことができ、自分にとって大いに実りある時間となりました。
生物系の基礎研究に関する講演もいくつか拝聴させていただきましたが、東京大学の富田先生による、がん治療で近年注目を集めている光免疫療法のような仕組みをアルツハイマー病のような神経変性疾患に応用しようとする「光認知症療法(光酸素化療法)」についてのご講演が特に印象に残っています。これは、アミロイドβなどの原因タンパク質に特異的に結合する低分子化合物を脳内に届け、体外から近赤外光を照射することで局所的に活性酸素(一重項酸素)を発生させているとのことでした。この光触媒となる化合物は、アミロイドβに結合する色素であるチアフラビンTなどを臭素化することで、光照射時にのみ効率的に活性酸素を発生させるよう精緻にデザインされています。こうして発生した活性酸素が、狙ったタンパク質のみを酸素化して構造変化を引き起こし、タンパク質の凝集を抑制・除去しています。それだけにとどまらず、脳内の免疫細胞であるミクログリアによる分解を促進し、脳内の炎症応答を神経保護的な方向へ変化させる効果も明らかになりつつあるとのことでした。神経病理学的なメカニズム解明にとどまらず、有機合成の研究室との共同研究で化合物を一からデザインし、光を利用した新規治療モダリティの創出を目指すダイナミックな研究展開は、異分野融合での治療アプローチとして感銘を受けました。
これまでの学会では情報系や基礎系の学会への参加が多かったですが、薬学会ならではの分野として、薬学教育や行政関係のセッションにも参加しました。
「薬学における地域医療教育の課題とその解決策を考える!」というシンポジウムでは、これからの社会ニーズに応えるために、全国の薬系大学で行われている独自の先進的な教育プログラムが紹介されました。現在、少子高齢化の進行や医療従事者の地域偏在などを背景に、地域医療や災害医療の現場で活躍できる薬剤師の育成が急務となっています。MaaS(移動型診療車両)を用いた遠隔服薬指導やVRを用いた患者シミュレーターなど、僻地や災害被災地における医療を想定したDX教育が各地で展開されていたことは特に印象深かったです。また、実践的な現場実習のあり方も大きく変化していることを学びました。従来の都市部を中心とした22週間の実務実習に加え、医療資源の限られた中山間地域や離島にあえて滞在し、在宅医療や多職種連携のリアルな課題を肌で学ぶ薬学実践実習が導入されており、地域医療の質向上にも直結するような取り組みとしてとても興味深いものでした。さらに、実習で得た地域の魅力や課題を学生自身が映像コンテンツとして制作したり、その経験を下級生に教える屋根瓦式の授業を取り入れたりと、単なる知識のインプットに留まらず学生の意識変容を促す仕組みが多くの大学で構築されていたことには驚きました。これらの報告を通して、テクノロジーを活用しつつ地域社会の課題に多職種で立ち向かう「次世代の薬剤師像」が鮮明に描かれていました。日々の研究活動が将来的にどのような形で社会や地域医療に貢献し得るのか、一人の薬剤師としても広い視野で俯瞰し直すことができ、有意義なセッションとなりました。
さらに、レギュレーション(規制科学)や安全性評価に関するセッションでは、欧米を中心に導入が進むNew Approach Methodologies(NAMs)の現状と展望について深く学ぶことができました。化学物質のリスク評価において動物実験の代替・削減を目指すNAMsは、我が国の第6次環境基本計画でも推進が掲げられており、今後の創薬プロセスにおいても極めて重要な概念となっています。現在、皮膚腐食性などの局所毒性においてはin vitro試験の代替法が制度化されつつあるそうですが、全身毒性などの複雑な生体応答の予測には限界があり、in silico技術との融合が不可欠とされていることを学びました。本セッションでは、この課題に対する実践的なアプローチとして、機械学習を用いて皮膚感作性の強度を定量的に予測するモデルの発表が印象的でした。この研究ではOECDのガイドラインに基づくin vitro試験の結果や化学物質の物性値を入力とし、皮膚感作性の強度指標であるマウス局所リンパ節試験(LLNA試験)の結果を機械学習により定量的に予測する回帰モデルを構築しました。SHAP解析によって予測根拠を可視化し、モデルの解釈性を担保することで、次世代型リスク評価(NGRA)のケーススタディに応用するなど、社会実装を見据えた展開は非常に説得力がありました。薬事行政の領域においても、ブラックボックスになりやすいAIモデルの根拠をいかに提示するかが重要視されていることを肌で感じ、in silico技術を創薬に応用する研究に携わる者として、法令や社会要請とAI技術がどのようにリンクしていくのかを俯瞰することができました。
最後に、自分自身のポスター発表と薬学会全体の所感を述べさせていただきます。本学会では、これまでに行ってきたマルチモーダル知識グラフを活用した標的探索についてのポスター発表を行いました。これまでの学会でもお話しさせていただいた情報のバックグラウンドを持つ方々だけでなく、薬学のバックグラウンドを持つ多くの方々とディスカッションができ、有意義なフィードバックを得ることができました。また、今回の薬学会を通して人のネットワークの温かさを強く感じました。普段参加する情報系の学会とは異なり、本学会では会場の至る所で先生方や先輩、後輩、同期と思い掛けず再会し、薬学という学問を土台とした縁の広さや専門分野の垣根を越えてフラットに交流できる薬学部独自のつながりを改めて実感する大変貴重な機会となりました。学部時代から培ってきた薬学部でのネットワークは大切にしつつ、清水研で1年間情報系の知見を深めたことで、自分自身の研究者としての視野と人脈が大きく広がったと感じています。清水研究室に身を置いたからこその分野を繋ぐ多角的な視点を最大限に活かし、今後の研究活動に一層邁進していきたいです。
この度は、このような貴重な機会とご支援をいただきまして、改めて感謝申し上げます。
2026年3月27日から29日までの3日間、関西大学千里山キャンパスで開催された日本薬学会第146年会に参加しました。今回は、143年会以来の口頭発表をさせていただきました。また、分子輸送、DNA-encoded library (DEL)、情報・計算化学、GPCR創薬などのシンポジウムを中心に聴講させていただきましたので、自身の発表の振り返りとあわせて感想を述べさせていただきます。
今回の口頭発表では、E3ユビキチンリガーゼと基質タンパク質の相互作用 (E3-Substrate Interaction) を予測するマルチモーダル深層学習フレームワーク「Ubicon」の開発とその応用について発表しました (Sakuma et al., bioRxiv, 2025)。今回は計算科学のセッションに入れていただきました。9分の時間の中で、なぜE3ユビキチンリガーゼと基質のペアの予測が重要なのか、どのようにモデルを作って、どういう応用が可能なのかを分野外の人に伝えるのは苦労しました。研究室の皆様には練習に付き合っていただき、多大なフィードバックを頂きました。本番は、時間ピッタリに発表を終えることが出来ましたが、反省点が残る結果とはなりました。今後の口頭発表では内容を詰め込みすぎない、ゆっくり話す、聴衆を意識することを心がけて、伝わるプレゼンを意識したいと思います。
次に印象に残ったシンポジウムについて報告させていただきます。まず、生体分子輸送のシンポジウムでは、多様なモダリティを活用した分子送達技術の最前線が紹介されていました。高分子ミセル医薬の講演では、白金錯体内包ミセルにヘリックス構造を導入することで肝臓への非特異的集積を低減し、血中安定性と標的組織での選択的分解を両立させる設計論が示されていました (Mochida et al., Chem. Mater., 2025)。グルコース修飾ポリマーによる血液脳関門透過性の向上については、私自身の関心のあるトランスポーターを活用したDDSとなっていて、分子輸送モダリティーと薬物動態の接点を感じました。バイパラトピック抗体の講演では、同一抗原上の異なる2つのエピトープに1:1で結合するcis-BpAbが、クラスター化を介した内在化効率の向上をもたらすことが議論されていました。バイパラトピック抗体については不勉強だったので非常に面白く感じました。また、click-to-release型ADCの基盤となるBATER技術も紹介されていました (Nishiyama et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2023)。クリック反応を活用して薬物動態を操作するというのは画期的なシステムでとても面白く感じました。また、抗体を細胞内に移行させるという革新的な取り組みのご講演も聞くことができました。こちらは私自身も非常に関心がある分野であり、今後も注目していきたいと感じました。
DNA-encoded library (DEL) のシンポジウムでは、日本におけるDEL技術の現状と展望が議論されていました。私自身は2年前のNeurIPS 2024で開催された「Leash Biosciences – Big Encoded Library for Chemical Assessment (BELKA) Challenge」というDELのデータを用いたコンペティションに参加していたこともあり、非常に興味がある分野でした。しかし、実情がどうなっているのか、どうやってライブラリーを作成するのか、DNAとconjugateしたまま有機合成できるのかなど、分からない点だらけでした。今回のシンポジウムでは、DNA核酸化学の知見を活用したDNA上でのクマリン骨格構築法 (Osawa et al., Chem. Pharm. Bull., 2024) や、ゲノムマイニングと異種発現を基盤とする天然ポリケチドのwarheadとしてのDEL組み込みなど、実際にDNAを損傷しないように合成する方法を知ることができました。また、DELは海外勢が先を走っており、海外ベンダーに外注しても入手できる情報は結合する上位のペアの情報のみで、信頼性も乏しいという課題があったそうです。そういった背景からJ-MODDELと東京大学創薬機構の産学連携による国産DELプラットフォームの構築がなされていることを知りました。創薬力強化を掲げる日本が官民一体となってプラットフォームを整備しているのは大変素晴らしいと感じました。また、DELを意識した合成法は有機系のラボというより、生物系の実験室でもできるような反応も多い印象を受け我々でも何かできそうだと感じました。今回のシンポジウムで、DELに対する理解が一段階も二段階もあがり、非常に学びの多い機会となりました。
GPCRのシンポジウムでは、構造生物学・計算科学・薬理学を統合した次世代GPCR創薬の最前線が紹介されていました。NOAH-ARK1パイプラインの講演では、AlphaFold2ベースのin silicoスクリーニングシステム (NOAH) と人工設計融合タンパク質ARK1を組み合わせることで、GPCRの不活性型構造解析のスループットを劇的に向上させた事例が報告されていました (Kojima et al., bioRxiv, 2026)。従来、アンタゴニスト結合型の構造はGタンパク質との共役がないため解析が困難という課題を克服するパイプラインであり、更にAlphaFold2を用いて最適化しているという点が印象的でした。加えて、時間分解cryo-EMにより1型ニューロテンシン受容体 (NTSR1) とGiタンパク質の活性化・解離過程を動的に可視化した成果 (Kobayashi et al, Nature, 2026) は、従来の静的構造解析では到達しえなかったシグナル伝達の理解を切り拓くものでした。ボンベシン受容体の講演では、GRPRおよびNMBRの不活性型構造がcryo-EM単粒子解析により決定され、サブタイプ選択的阻害薬の設計に向けた構造基盤が提示されていました。AlphaFold 3が構造生物学を変革してから、次に来るパラダイムシフトは動的構造であると思われている状況下で、このような膜タンパク質であるGPCRにおけるGタンパク質の結合・活性化・解離過程といったダイナミクスを実験的に直接可視化できたというのは次の一歩に非常に近づいているという印象を受けました。また、重炭酸イオン受容体GPR30の講演は特に印象深いものでした。GPR30が重炭酸イオンによって活性化されるという発見 (Jo-Watanabe et al., Nat. Commun., 2024) は、生体内の主要な緩衝系において重炭酸イオンそのものに対する細胞応答の分子機構を初めて明らかにしたものです。GPR30は膜上のエストロゲンレセプターであるという報告もあり、エストロゲンと代謝、さらには重炭酸イオンとの関係性もあるのではないかという感想を持ちました。また、シンポジウムの中でMDシミュレーションを有効活用している研究がありました。そのご発表のなかで、AlphaFold 3やBoltz-2単独では不十分であり、cryo-EMが依然として不可欠であるというお話があり、やはりAIはまだまだ万能選手ではないという風に感じました。
その他にも情報・計算化学のセッションでは、薬物相互作用 (DDI) 予測に知識グラフ埋め込みを導入したモデルや量子計算、Boltz-2によるスクリーニングと実験的検証に関する内容を拝聴しました。また、薬物動態のセッションでは、幹細胞胚モデル・in vitro胎盤関門モデルを用いた薬物動態輸送の評価系の構築やPBPKモデルによる母体-胎盤-胎児の薬物動態予測 (Okubo, Ikeda et al., J. Pharmacokinet. Pharmacodyn., 2026) など、臨床に直接結びつく講演も多数拝聴し、臨床を見据えた研究を再度意識する良い機会となりました。
全体を通して、計算科学・構造生物学・分子輸送・有機合成といった多様な分野が急速に融合しつつあることを改めて実感しました。特に、AlphaFoldやMDシミュレーションなどの計算手法が創薬研究の各所で活用される一方で、cryo-EMをはじめとする実験的検証が依然として不可欠であるという議論は、自身がまさに計算と実験の融合を目指す研究に取り組んでいるだけに、強く共感するものでした。また、DELの国産プラットフォーム構築やGPCRの動的構造解析など、日本発の基盤技術が着実に進展していることにも大きな刺激を受けました。自身の発表については、内容を伝えきれなかった反省が残りますが、分野外の聴衆に研究の意義を伝える難しさと重要性を身をもって学ぶことができました。今回得た知見と反省を糧に、今後の研究活動および発表に活かしていきたいと思います。
