生命科学実験 (ウェット) かコンピューター解析 (ドライ) か、どちらをやればいいか迷っているという学生さんやearly carrerの研究者の話をよく聞きます。私の答えはいつも同じで、レッドオーシャンで突き抜けられる自信があるなら最初からやりたい方をやればいいが、独創性を出すには最初の数年は両方とも真剣に学んでみたらどうかということです。
二刀流のすゝめ
観察したデータ (といっても今よりもだいぶ小さなデータですが) をもとに研究者が頭で考えて仮説を立て、その仮説を実験で証明するということが脈々と行われて今の (医学を含む) 科学があります。誰しもが学校で習うニュートンの万有引力の発見も、(異説もありますが) リンゴが落ちるのを観察して、ニュートンが「地球がリンゴを引き寄せているからではないか」という仮説を立て、そしてさまざまな研究者らの実験検証を経て今にいたるわけです。DNAの二重らせんも、他の研究者がX線回折データを取得し、それを見たワトソン&クリックが「二重らせんモデル」を考案し、そしてその正しさはさまざまな実験によって確かめられたからこそ理科の教科書にも掲載されているわけです。ノーベル医学賞をとって再生医療を変えつつある山中伸弥先生のiPS細胞も、他の研究者がとっていたES細胞で強く働く遺伝子情報があって、山中先生が「分化した細胞を初期化できるのではないか、そしてES細胞に働く24の遺伝子が初期化に大事なのではないか」という仮説を立て、その仮説を検証するためにまずは24の遺伝子全てを実験的に入れたところ初期化ができiPSという世紀の発見につながっているのです。
このように、データの取得、仮説形成、そして実験検証の3つの組み合わせは後世に残る大きな科学的発見や進展の根底にあり、私はこのような研究を三位一体研究と呼んでいます。
私たちが得意な広い意味のデータサイエンスは、ニュートンなりワトソン&クリックなり山中先生なり研究者が立てる「仮説形成」の部分にあたります。データをもとに、さまざまなコンピューター解析手法によって真理を推定することができます。ただ、もしそこで終わってしまうと「仮説を提唱しただけ」だと見なされてしまい、他の研究者からも大きな注目を集める高いレベルの研究成果にするのは難しくなりがちです。昨今は学術雑誌の数が非常に増えており (定期的に発行されているものだけでも少なくとも1万はあります)、私達の仮説を見て実験的に検証したいと他の研究者が行ってくれる可能性は低いでしょう。仮説の提唱をメインとしつつも、少なくともその一部は何かしらの実験的検証をセットで行っていれば、ずっと大きな注目を集め大規模な検証実験は他の研究者がやってくれる可能性も高まります。つまり「データサイエンスで未来の医療を創る」ためには、コンピューター解析だけを行うのではなく、データ解析から見出したことを何らかの形で証明する必要があるのです。もちろん、データの取得+データ科学による仮説形成+実験検証の全てを一人でできる人はいません。だからこそラボ内外でのコラボレーションが重要になりますが、単にお互いのことを何も分からないメンバーが集まるだけでは1 + 1 + 1 = 3にもなりません。お互いの言葉が分からない状態で寄せ集まっても、相加効果にも満たない成果にしかならないのです。例えていうなら、あなたが仮に数学のことは何もしらない生物系の学生で、逆に生物のことは何も知らない数学者の先生と何か共同研究をしてくださいと言われてもまず何もできないでしょう。お互いの専門的な話をしても何も相手に伝わらないばかりか、その準備にも時間と労力がかかるので、結果的に2人別々に研究するよりも成果は出ないでしょう。実りある共同研究を行うためには、お互いにある程度は相手の領域を理解している必要があります。相手の言葉を多少なりとも分かっているからこそ、より深いdiscussionができるというわけです。
ウェットとドライの話においては、ウェット系の研究者がドライをやり始めることはまだ敷居が低めですが、逆にドライ一筋でやってきた人がウェットを始めるのは相当大変です。みなさんは研究の世界ではまだ駆け出しで、自分がどちらに向いているかも分からないでしょう。ですので、最初の数年は真剣に二刀流を目指してほしいと願っています。日本には (そして世界にも) 二刀流を使いこなせる人が数少ないのでもし身につけられればアカデミアや産業界で研究をする上でとてつもない大きなアドバンテージになります。また、仮にそうでなくても二刀流の訓練を行う中で自分にあった研究スタイルを確立することもできるでしょう。何事もそうですが、広い入口から入って徐々に専門性を絞ることはできますが、逆に最初の入り口が狭いのにそこから領域を広げるのは困難です。
パソコンの前に座ったままわりと早めに結果が出るドライと違って、ウェット実験はそもそも生物が相手ですので自分都合のスケジュールは組めませんし1つの実験にかかる期間もドライよりも多く必要とするでしょう。でも若いときだからこそ習得する価値があると考えています。百聞は一見に如かずともいいますが、最初からドライに特化するのと実験も経験があるのでは実験検証を担当してくださる研究者の言葉の理解度が全く異なります。また、ドライ特化だと新しい解析手法の考案はできてもすでにどこかにあるデータの再解析がせいぜいなので医療を変革するにはまだまだ遠くなりがちですが、自分で実験してデータを取得できればその研究デザインからして高い独創性を発揮できますし、情報だけでなくモノも扱っている以上、未来の医療を創るという出口に近いです。
ここまで「二刀流のすゝめ」を書いてきましたが、ウェットもドライもやって中途半端になるのが怖いというのも理解できますので、どちらかに特化したいという方も歓迎します。数学など分野によって違うかもしれませんが、医科学研究はチームでするもの。自分ができない方を担当してくれる仲間を見つけてください。当研究室の中だけでなく、本学は研究者や学生が集まって討論するさまざまな機会を提供しています。そういった会合に積極的に参加し交流して、共同研究者を見つける社交性が必要になるでしょう。そして同時に、自分が特化したい領域は、誰の追随も許さない圧倒的な専門性を身につけてください。そういった尖ったスキルを大学院時代に身につけることで、当研究室でも、卒業後も、大いに武器となってくれることでしょう。