下積み時代こそ打率ではなく打席数が大事な理由

最近、当研究室のHPに「ヤバい」というキーワードで検索して訪れる方が増えています。おそらく、私たちの圧倒的な活動量や成果を見て、そう感じていただけているのでしょう。

私は、清水研がどこよりも多くの「打席数」を経験できる、日本有数の研究室だと自負しています。その証拠に、当研究室に所属するアカデミア志望の博士課程大学院生は、学振DCをはじめとする給付型奨学金など、何らかの経済支援を全員が獲得しています。この事実は、私たちが提供する環境が良い意味で「ヤバい」ことの証明だと考えています。

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清水研の学生が博士課程在学中に出す筆頭著者論文数 (中央値)
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清水研の学生が博士課程在学中に経験する学会発表数 (中央値)
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清水研に2年以上在籍するアカデミア志望の博士課程学生の学振DC等の給付型奨学金獲得率 (実績値)
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研究職を希望する博士課程卒業生のjob hunting成功率 (創設3年でまだ博士卒業生不在の為目標値、鋭意努力中)

では、なぜ私たちはそれほどまでに「打席数」を重視するのでしょうか。それには、キャリア形成における普遍的な原則と、アカデミア特有の現実的な理由があります。

なぜ打席数が大事なのか①【普遍的な原則】

歴史に名を刻んだ芸術家や科学者、発明家は、作品の「質」だけでなく、その「量」においても図抜けた実績を残しています。

  • ピカソは2万点の作品を残し、
  • バッハは1000曲以上の作品を作曲し、
  • アインシュタインは約300本の論文を書き、
  • エジソンは1000件以上の特許を申請しました。

ある領域で最も質の高いものを生み出した人物は、同時に、最も多くの量を生み出した人物でもあるのです。

「たくさん作れば、その分ガラクタも増えるのでは?」と思うかもしれません。全くその通りで、それでいいのです。心理学者のディーン・サイモントンの研究によれば、科学者や芸術家が生涯で最も優れたアウトプットを出す時期は、生涯で最も多くのアウトプットを出している時期と重なります。そして同時に、その時期は「最もダメな作品が生まれる時期」でもあったことが分かっています。

アインシュタインの約300の論文のほとんどは誰からも引用されていません。バッハの1000以上の曲のうち、今でも演奏されるのは定番の数十曲です。発明王エジソンですら、1000以上の特許のうち、ビジネスに繋がったのはごく一部でした。歴史に残る天才ですら、傑作と呼べるアウトプットは全体の数パーセントに過ぎないのです。

ここで重要なのは、「ダメなアウトプットがもたらす損失」「優れたアウトプットがもたらす利益」の非対称性です。ダメなアウトプットは誰にも見向きもされず、すぐに忘れ去られます。損失はほぼゼロです。一方で、たった一つの優れたアウトプットは、その人の評価を一変させ、その後のキャリアや人生を大きく飛躍させる貴重な資産となります。

つまり、ヒットがもたらす利益は、空振りがもたらす損失よりも、比較にならないほど大きいのです。だとすれば、なるべく若いときにたくさん打席に立つことが、極めて合理的な戦略になります。

あともう1つ、実は「失敗し続ける」ことは意外と難しいです。例えば「打率1%」という人が「1打席」でヒットを打つ確率は言うまでもなく1%ですが、これを100打席にすると、ヒットが出る確率は 63%となります。打率が1%ではなく1割あれば、100打席に立って一度もヒットが出ない確率は0.1%以下となり、つまりは「ほぼ確実にどこかでヒットが出る」ということになります。そして、一度でもヒットが出れば、さらに次のヒットが出やすくなり、その人のキャリアは大きく変わっていきます。

なぜ打席数が大事なのか②【アカデミアの現実】

次に、より現実的な話をしましょう。特に、大学教員などの研究職を目指す場合の話です。

古代中国の兵法家・孫子は「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」と言いました。アカデミアでの就職活動という戦いに勝つためには、まず「評価の仕組み」という敵を知る必要があります。

博士課程を卒業して数年のうちに大学の助教といったポストを得るために、何が最も重要視されるでしょうか。Nature誌のようなトップジャーナルでの輝かしい実績でしょうか?もちろん、それに越したことはありません。

しかし、多くの大学でまず見られるのは、論文の「本数」です。

大学教員は研究者であると同時に、大学院生を指導する教育者でもあります。そして、大学院生を指導できる教員かどうかを判断する基準の一つに「マル合資格(※)」というものがあり、この資格審査では、多くの場合、発表した論文の本数がカウントされるのです。 (※マル合資格…大学院の博士課程に所属する学生の指導教員となるために必要な資格)

もちろん、研究は中身が最も重要です。しかし、皆さんがこれからキャリアを築いていく世界では、まず「量」の基準をクリアしなければ、その「質」を見てもらえるステージにすら立てない、という現実があるのです。

ミニマムな本数を満たしているからこそ、初めてその内容に注目してもらえる。この順番が、特にキャリアの初期段階では極めて重要です。

結論:たくさんの打席に立てる環境を選ぼう

多くの人は、どうすれば「打率」を上げられるかを考えて努力します。それ自体は尊いことです。しかし、世界の誰も知らないことに挑む研究活動において、打率にはどうしても運の要素が絡み、自分でコントロールするのは容易ではありません。

一方で、「打席数」は、自分の意志と環境次第で増やすことができます。だからこそ、清水研では学会発表であれ論文投稿であれ、「打席に立って思いっきりバットを振る回数」を何よりも重視しているのです。

もしあなたが研究を仕事にしたいと本気で考えているなら、「ヤバい」と言われるほどの環境に身を置くべきです。月並みな練習メニューしかこなさない選手が甲子園に行けないのと同じように、研究に本気でコミットしなければ、何者にもなれません。

一見快適に見える「ヤバくない」ラボで過ごし、打席数を稼げないまま卒業してしまうと、その後に何年もの間、苦労することになるかもしれません。下積み時代にこそ、本気の修練を積ませてくれる環境、そして研究と教育の体制が整った場所を選ぶことを、強くお勧めします。