私達の研究室では東大の医局を退局してきた6年目の医師を大学院1期生として受け入れましたが、その方は3日で休学、そして退学とすることになりました。ただ、臨床医から研究に転向して清水研に入ろうと検討している方に向けてメッセージを書いてくださったので、ご本人のご厚意に甘えてここにそれをシェアさせていただきます。いろいろな声に触れてご自身のキャリア形成を考えてください。
臨床医が清水研に入学するために心得ておきたいこと
2023.9.14掲載
みなさん、こんにちは。
みなさんがこの文章を読んでいるということは、臨床医であるあなたが今、清水研に少しでも興味がある、ということだと思います。私もそのような一人でした。
なぜ私がこの文章を書いているかというと、実は私は、入学早々に休学をし、結局1年間で自主退学をする判断をしているからです。組織に入るということは人生でも大きな決断です。皆さんの状況は一人ひとり違うと思いますが、臨床医であれば、医学部卒業→初期研修(2年)→後期研修(3年-5年)で専門医取得の流れが一般的でしょう。5年以上の臨床経験構築を一旦やめ、基礎医学に従事しようとしている、まさに過去の私(=現在のあなた?)は大きな決断をしようとしていると思います。私個人にとっては、退学することに対して失敗とは思っていませんが、組織にとってはそうはいきません。研究室全体をマネージする側から見れば研究や教育にかけれるコストや資材に制約があり、(途中でやめない)一人でも多く優秀な即戦力となる人材が欲しいのです。そういう意味で、私の体験・考えがみなさんの判断のための一助になればと思います。ただ、それぞれの今に至る人生には異なる部分もありますので、あくまで私の考えであることを加味した上で参考にしていただければと思います。
清水研に入る上で、問題となるだろう3つの問題を軸に話したいと思います。①能力的な問題、②経済的な問題、③プライベートな問題です。
①能力的な問題
私の能力的なバックグラウンドを説明すると、端的にいうと、特に際立った能力はなく、良くも悪くも普通だと思います。学部時代の成績はまずまず、試験などで困ることはありませんでした。英語も普通にできる程度でしたので、大学院入試でも特に困ることはありませんでした。研究をすることに関する能力は0に等しいです。学部時代基礎研究室に通っていたなどの経験はありませんでした。基礎研究に触れたのは1ヶ月程度の基礎研究配属程度です。情報系・数学系に強いわけでもありませんでした。つまり、清水研で必要な素養は0から学ぶ必要があった、ということです。新しく学ぶこと自体は楽しいと感じますが、この基礎力がすでにあるのか、今から構築していくのかは大きな問題です。清水研が提供している入学前の予習教材などありますが、臨床業務で忙しかった私は3割程度しか実際に取り組めませんでした。清水研に入る以上、生物学だけではなく、情報・数理・統計などの分野に明るく、自信があった方が良いと思います。そうでなければ、清水研が求める情報処理能力についていけません。
また、私の場合は、臨床医の時に書き残していた論文や専門医試験の勉強などもあり、中途半端な状態で研究室生活を始めてしまったことが休学の理由の1つでした。清水研に入った1日目からフルコミットできる状況に整えておく必要があるでしょう。
②経済的な問題
臨床医で働いていたときに比べ、収入が激減することは確かでしょう。それが意味することに対して、しっかりと自問自答する必要があります。週に1日のアルバイトが許可されていますが、土日で調整しなければなりません。医局などに属していない以上、収入源となる勤務先との交渉は全て自分で行う必要もあります。週に1回8時間の勤務をするということは、1ヶ月で32時間、1年で384時間、4年で1536時間の時間を研究とは別のことに費やすということです。基礎医学のバックグラウンドがない人が清水研で求められる質の成果を出すためには、正直この外勤に充てる時間を研究に使うことができないのはもったいないと思います。逆に言えば、アルバイトを理由に研究が疎かになることは決してあってはならないということです。臨床医のときの生活とは大きく変わることが、どれだけ自分に影響があるかをそれぞれがしっかりと想像する必要があります。
③プライベートな問題
これに関しては人それぞれです。自分の人生の中で大切なものはそれぞれ違います。自分だけではなく、友人、パートナー、家族の人生にあなたがどれだけ関わっているのかで、自分の振る舞いかたが変わるのは事実でしょう。また精神的・身体的に健康であることはとても重要です。
私の場合、休学し、少し時間ができたことで自分の健康について非常に考えるようになりまし、臨床医として働いてきたことがどれだけ精神的・身体的な不調をきたしていたかを気づくきっかけになりました。また病院で働いては出会えないような人とも話をする機会もふえ、改めて人生を考え直すことになったのも事実です。
この紙面で私の状況全てをお話しすることは難しいですが、おおよそ上記の3点が清水研を退学するに至った理由、そしてみなさんと共有できる入学前に考えておきたいことになります。もちろん私が休学し復学すれば、違った捉え方もできる部分もあるでしょうが、これらが総合的に絡まり合い、私の目の前に解決しなければならない問題として直面したわけです。
すでに清水研のホームページを見ればわかると思いますが、清水研にはみなさんが成長できるチャンスが多くあります。もちろんそのチャンスを掴むためには相当なコミットメントが必要です。コミットメントをするだけではなく、成果を上げるためにはいろいろな条件が必要だということ、それを自分で見極めるために、まずはしっかり自分と向き合ってみてください。みなさんの人生が充実なものとなるよう、祈っています。
この方は臨床医に戻るわけではなく、フリーランスとして働きながら人生を模索するようです。
臨床研究にとどまるのならばともかく、もっと広い世界でいわゆる研究者になりたいのであれば、君たちのライバルは医師ではない, non-MDの方々だということをお忘れなく。彼らは22歳で大学を卒業し、修士・博士と進んで遅くとも30手前で一人前になっています。君たちが5年生の病棟実習とか、後期研修医とかをやっている間もひたむきに研究のみに打ち込んでいます。もちろん、医師ではないのでアルバイトもほとんどありません。私はnon-MDの方々の方がずっと多い環境でこの数十年やっておりますので彼らの価値観を理解しておりますが、ここに掲げられた3つの軸、non-MDに見せたら医者は何を寝ぼけたことを言っているんだというでしょう。non-MDの方々はいわばセーフティーネットは全くない状態で人生をかけて挑戦しているわけですよね。
医者であるあなたは1年目から (そして今も) まだ1人前になる前なのに病院では社交辞令で「先生」と言われるわけですが、研究は実力が全てです (レポートには自分のペースで勉強するのが楽しいということですが、それはただのアマチュアの趣味の世界です)。私は医学部出身ではありますが、医師を特別待遇するつもりは全くありません。レポートにはバイトは平日日中にはできない、自分で探さないといけないと書いてありましたが、それは当然です。non-MDの方々と平等なので、力がないうちから平日にバイトに行って土日も休むわけにいかないでしょう。私達の研究室は土日はオフィシャルにはお休みですので、平日にバイトに行くので代わりに土日に指導してください、というのもできません (教わる側が合わせるのは社会では当然ですよね。なぜ教員や先輩があなたのために個別対応する必要があるのでしょう?)。実際には土曜日は自主的にほとんどの方が来ていますが、バイトをするなら土日でやってください。自分のバイト先は自分で探すのも当然です (民間医局やm3などその手のサービスもあるわけですし選ばなければすぐ見つかるでしょう)。
大学受験生の頃のように自分の人生をかけてひたむきに打ち込めるのかをよく考えてください。あの頃はプライベート (アルバイトも含む) を犠牲にして受験勉強をしていたのに、今はプライベートを重視しないとやっていけないというのは道理が通りません。iPS細胞でノーベル賞をとった山中伸弥先生は、大学院生時代、「どうやったら人の3倍研究ができるか」を常に考えていたそうです。あなたが山中先生よりも天賦の才があるなら別ですが、ただの凡人なら相応の覚悟がなければ何者にもなり得ないでしょう。
臨床医の先生はnon-MDと比べいろいろな選択肢があります。人生100年時代において、大学院で過ごす若い数年間なんてあっという間です。人生をかけて取り組みたい目標のために、一心不乱に研究に打ち込み自分に投資をするのはとても良いことだと私は思いますが、いろいろな価値観があり、まったりと生きるのも人それぞれです。確かに安定の道をとり、あなたが数十年後に死ぬ時に、あのとき研究者に挑戦しなかったことで後悔しないのであればそれもまた1つの人生。本当に大学院で武者修行をしたいのか、ご自身をしっかりと見つめてください。