戦略的大学院生活のすゝめ

大学院生はさまざまな目的の方がいますが、より多くの研究成果が得られた嬉しいというのはみんなに共通するところだと思います。そこでこの記事では、どのようにして大学院生活の成果を最大化するのかについて、私見を述べてみたいと思います。

Q1. 研究はどのように進めればいいでしょうか?

まず最初に網羅的な文献サーベイを行い、何が問題なのかインパクトのあるquestionを見定めることです。その際には、例えば論文のintroductionを読むといいでしょう。例えば〜が大きな課題として残っているなどの記述が書かれているはずです。あるいはその領域の総説にも、future challengeとして何がまだ解き明かされていないquestionなのか示されています。たくさんの論文・総説を読む中で、その領域の多くの研究者が課題だと感じていることこそが、インパクトのあるreserach questionになるわけです。それを自ら見つけ、解決策を頭を使って考える。その際にはコンピューター解析だけでなく実験によるアプローチも考慮し、また自分ではできないことについてはどのような共同研究の可能性があるかも調べます。そのうえで、まだ研究を始める前から暫定的なFigureプランをつくってみます。Figure 1には〜の解析を行い、その結果がAの場合にはFigure 2ではこういう解析、Bの場合にはFigure 2ではこういう解析といった青写真を最初に用意するのです。もちろん研究は思ったように進むことは稀ですが、ヤミクモに手を動かすより最初の1-2ヶ月はしっかり頭を使ってプロジェクトを吟味することに使うのがいいでしょう。

研究が始まったら、とにかく基礎検討に次ぐ基礎検討をやることです。基礎検討をすることで最適の条件が見つかり、実験手技も高まって安定していきます。種々の基礎検討をやったら、本番の実験は3回やればいいのです。遠回りなようで、実はこれが実験の成功への近道です。これは情報解析も同じです。

そしてもう1つ大事なことは、毎日執筆する時間を確保することです。例えば朝の1時間など、時間を決めてWordを開き、論文の下書きの下書きを始めましょう。Methodsはもう書くことができますし、イントロに関してもいろいろサーベイしてプロジェクトを始動するまでのことを英語でまとめることができるはずです。何かデータが出たら、そのデータを論文に使うかは別にして、Figureとしてまとめたり、Resultsのところにやったことや結果・解釈を英語でまとめていくことができます。また論文執筆に必要になる文献収集だって今から開始できます。最終的な論文発表を見据え、研究当初から常に英語でまとめていくことで、何がまだ足りないのかを俯瞰することができ研究スピードを加速させられます。

Q2. 研究ノートはどのようにつけたらよいですか?

2014年のSTAP細胞騒動はご存知ですか? 世紀の大発見と称されたNature論文が、実は筆頭著者である日本人リケジョの完全なる創作物語だったという騒動です。このときは、そのあまりにお粗末な研究ノートも話題になりました。

研究を進める上では要所要所で自己完結することが重要で、そのためには研究ノートを「プチ論文」にすることをオススメします。必要な構成は、1)タイトル、2)日付、3)実験目的、4)材料・方法、5)実際に行った手技、6)結果、7)考察といったところです。

実際に行った手技・解析はどんな小さなことでも記載します。実験ならどんな材料 (ロット番号やそのサンプルを得た日付なども) をどのくらいの量入れたか、どのくらい時間をかけたかを、毎回毎回具体的に記載します。プロトコールと実験ノートは別のものですが、これがわかっていない人が多いです。プロトコールのコピーにサインペンで書き込みをしてあるだけでノートを付けていないというのはNGです。例えば、プロトコールで「30分以上インキュベーション」と書いてあっても、あるときは30分で、次は45分で、さらにその次はオーバーナイトでやっていたら、それが結果に影響を与えることは十分に考えられますが、記録がなければ後で何もわからなくなってしまいます。また、量についても適当に最終濃度だけ書いてあれば良い、というものではなく、20マイクロリットルの系と1ミリリットルの系では、同じ組成でも反応の進み方はかなり違います。ドライ解析なら、インプットファイルの正式な名前やパス、使用したライブラリーのバージョン、出力ファイルやログといった全ての情報をノートに記載します。どんな小さな日常的な実験・解析ですら、立派な一つの研究です。

詳細な記録をつけていれば、それが将来の財産になるでしょう。きちんとしたノートがあれば、似たような実験・解析をするときにすぐに再現することができます。

Q3. 研究テーマは1つに絞るべきですか?

研究はいつもうまくいくとは限りませんし、むしろうまくいかないことがほとんどです。ですからテーマは複数持ちましょう。3つくらいがちょうどいいと思います。困難だけれどもうまくいけば大きな仕事になるテーマ(松)、確実に論文になることが狙えるテーマ(梅)、この中間的な性質を持つテーマ(竹)を持つことをお勧めします。

ここで大切なことは、うまくいっていないテーマも問題解決のための努力を怠らないこと。うまくいっているプロジェクトだけに没頭して他のテーマをやらないのではなく、部分的にうまくいっている事実をテコにして、うまくいっていないテーマにチャレンジする精神的余裕を持つことが大切なのです。

幸運なことに世紀の大発見をしたとき、不幸にも現在行っている研究に明らかな競争相手が存在するとき、そして論文がリバイスにかかったときには、根性出してその1つに全力を投じてください。

Q4. ボスが書類をすぐに見てくれない時はどうすればいいでしょうか?

私がこれまで師事した先生方は例外なくとてもお忙しく、書類 (特に論文原稿) をすぐに見てくださらないのが普通でした。普通は3ヶ月待ちとか日常茶飯事。そんな中、私が先生方に優先的に見ていただけた秘訣を伝授しましょう。

それは「論文は全てファーストオーサー(自分)の責任」と考えることです。ボスが・・・してくれないからなんて言い訳になりません。理不尽のようでもあり、体育会系の精神論のようにも聞こえますが、実はこれが優先的に見ていただくための秘訣なのです。

例えば一日でも早くボスに論文を見て欲しいときに、いくらドラフトといえども内容と体裁を出来る限り完璧なものに仕上げて提出しました。神は細部に宿るといいます。大文字小文字の使用の統一性、スペースの有無の統一性といった、細かいところも完璧にします。もしあなたがボスで、学生が誤字脱字や単純な文法のエラーや体裁の不統一があちこちに見受けられる原稿を持ってきたらどうでしょうか? いい加減な気持ちで論文を書いているんだなという印象しか持てなくなり、これを直すのは面倒だなと思うでしょう。面倒だから他のことの後回しにしますよね。

またボスが論文を直してくれた後の対応も大切です。私は必ず翌日には改変版をボスのところに持って行きました。改変箇所を赤字やハイライトで示し、自分のコメントも付け加え、出来る限りのことをします。その内容が大切なのは当たり前ですが、同様に大切なのは「どのくらい自分がこの原稿に真剣に取り組んでいるか」をボスに上手にアピールすることなのです。

ボスはまず例外なく忙しいですし、残念ながらボスの心の中で私の論文が最重要課題であるとは限らないのです。そこで私ができることは、ボスにポライトにプレッシャーをかけることでした。毎日しつこく催促することではありません。どうしたらポライトにプレッシャーをかけられるのかというと、「必ず翌日に」「質の高いものを」持って行くことが、ボスにとってプレッシャーになると考えていました。つまりこれだけの努力を部下である私が払っている、自分はこれに応えてあげなくてはならない、仕方ないので他の仕事を後回しにして、先に見てやるか、というようにボスに思わせる努力を「私が」していたのです。ボスにやる気を出させるのもファーストオーサーの仕事であると考えていました。

みなさんのボスがどのような方であっても、このような行動は必ずボスとの関係を良好にし、ボスからは信頼され、将来へと結びつくことと思います。

Q5. ボスにやる気を見せるにはどうすればいいでしょう?

私がQ4の答えのような話をすると、次に聞かれることが多いのはボスへのやる気の見せ方の他の例です。

ボスに上手にアピールすることはとても大切なことで、これはよく「媚を売る」ことと誤解されがちですが、全然違います。研究能力や姿勢を示す、ということがアピールで、それ以外のことでよく思われようとすることが媚びることです。アピールすることで才能や努力を正当に評価してもらうだけではなく、ボスとの円滑なコミュニケーションを確立し、論文執筆・学会発表等でもきっと良い影響が出てきますが、逆に媚びるのはよく思わないボスが多いのではないでしょうか?

アピールの場で最も良いのはプレゼンテーションの時間です。ラボミーティングでは、いかに努力して良いデータを生み出しているか、を上手に工夫して示しましょう。もちろんデータが第一なのはいうまでもありませんが、それをプレゼンする方法もしっかりしていると評価はぐんと高まります。プレゼン担当ではなくても積極的にディスカッションに参加し自分の意見を述べるとか、セミナー・学会ではなるべく前方に座り必ず質問するとか、できることは多々あります。

そうした姿勢はボス以外の他の多くの研究者の目にもとまります。しっかりサイエンスに取り組み、しかるべきアピールもできる大学院生で、次の行き先が見つからなかった学生を私は知りません。そうした素晴らしい学生さんのところには、実はさまざまなオファーが向こうから舞い込んでいるのです。