第31回日本医学会総会 参加報告

日本医学会総会は4年に一度開催され、その参加者数は3万人にも及ぶ。今総会では「ビッグデータが拓く未来の医学と医療」をテーマに、多様な参加者が医学に関する議論を交わした。本報告書では、私が本学会にて聴講したセッションの内容の要約を記す。

 会頭講演では、今総会の会頭である春日雅人氏(朝日生命成人病研究所)より、大規模データ解析の歴史とこれからの展望についてのご講演をいただいた。従来の仮説駆動型研究と大規模データ解析技術の発展により登場したデータ駆動型研究との相互促進の重要性について語られた。さらに、ビッグデータからデジタルツインへのパラダイムシフトの予感を述べられた。最後に、それらの技術革新と医療の進歩には社会からの信頼と合意の形成が重要であると語られた。

 「AIが変える医学研究」のセッションにおいて、AIの技術の現状と医学への応用例について議論された。松尾豊氏(東京大学)は、Transformerがもたらした深層学習の躍進と社会現象となっているChat-GPTの概要をご説明され、AI技術の社会への影響の予測について述べられた。本間光貴氏(理研)は、産学官連携による創薬プラットフォームの整備(製薬企業とのデータの共有、Federated Learningによる学習など)と、AI創薬の課題(多因子同時最適化の難しさなど)について述べられた。小林和馬氏(国立がん研究センター)は、AIと医師の共創を目指して行われた画像検索システムの開発を紹介され、タスク特化型AIから汎用型AIへのパラダイムシフトについて語られた。Susan Thomas氏(Google Health, UK)は、Googleの医療への取り組みとして技術提携、モバイルヘルスへのシフト、健康アプリケーションにおける生成型AIの活用を紹介され、人による診断とAIによる診断を組み合わせることでより良い医療を届けることができるという未来像について語られた。

 「顕微鏡ビッグデータは医学に何をもたらすのか」のセッションにおいて、画像データ解析技術について議論が交わされた。奥野恭史氏(京都大学、理研)は、クライオ電顕画像のAIによるノイズ除去とスーパーコンピュータ富岳を用いた分子動力学解析によるタンパク質立体配座の検出技術とその創薬への応用の可能性を紹介された。洲崎悦生氏(順天堂大学)は、臓器の透明化および試薬浸透の技術を利用したcell-omic解析技術を紹介された。太田禎生氏(東京大学)は、流路を流れた細胞の波形データからAIによって細胞種を検出して分取するゴーストサイトメトリーを紹介された。

 「シングルセルレベルで身体・病態を理解する」のセッションでは、シングルセル解析と空間トランスクリプトミクス解析を用いた研究を紹介された。鈴木穣氏(東京大学)は、シングルセル解析に関する技術革新と、多因子疾患研究における課題、さらに、空間トランスクリプトーム解析技術の発展について紹介された。山岸誠氏(東京大学)は、成人性T細胞白血病におけるHTLV-1感染から発症までのエピゲノム変化に着目した研究がValemetostatの臨床適応に繋がったことや、scRNA-seqとscATAC-seqのmultiome解析の成果を紹介された。

 「Liquid Biopsyがもたらす可能性と課題」のセッションでは、採血のみでがんの早期発見やがん種判別などを目指すLiquid Biopsyに関する技術と取り組みの紹介が行われた。Chadi Nabhan氏(Caris Life Sciecnes, USA)は、Liquid Biopsyに適したシステムであるCaris Assure (Caris Life Sciecnes, USA)の開発の経緯と特徴、そして今後の課題について述べられた。星野歩子氏(東京大学)は、血漿由来のエクソソームに含まれる物質の組成データを用いて機械学習によりがんの原発巣を検出する手法、さらに、がんの転移先を転移が起こる前に予測できることを紹介された。Philip Awadalla氏(Ontario Institute for Cancer Research, Canada)は、血中からの細胞外遊離DNAにおけるメチル化プロファイルの検出により、がんの早期発見をできる可能性があることを紹介された。

 COVID-19パンデミックへの対応に関するセッションにて、Anthony Fauci氏(NIH, USA)は、COVID-19パンデミックを通じて得られた教訓として、想定外を想定すること、早期に素早く行動することなど10項目を述べられた。押谷仁氏(東北大学)は、パンデミック初期の感染拡大を的確に捕捉できていた日本の医療体制の充実度と、将来の新たなパンデミックへの備えの重要性について述べられた。岡部信彦氏(川崎市健康安全研究所)は、日本の感染症法の特徴と課題、そして国際法との関係性について述べられた。脇田隆字氏(国立感染症研究所)は、感染研の担う役割とその体制強化について述べられた。河岡義裕氏(国立国際医療研究センター、東京大学)は、日本の基礎研究体制の課題とワクチン開発事業について述べられた。武見敬三氏(参議院議員)は、日本の医療、危機管理体制、医療情報システム、創薬力に関する現状と課題、そして国の役割について述べられた。

 以上のセッションを通じて、最新のAI解析、画像解析、シングルセル解析、Liquid Biopsyなど、医科学研究において重要なトピックの情報収集を行うことができた。

掲載日: 2023.05.02

特任助教・麻生 啓文