数学領域
- ベクトル解析: 数学のように一般のn次元を考えることは生命医科学領域では少なく、ほとんどの場合には3次元を考えれば事足ります。3次元の幾何計算の必須道具がベクトル解析です。また、AIはベクトルからベクトルへの計算を多数行いますが、その際にもベクトル解析の理論が用いられます。理工系の学部2年生で勉強する解析学の一種です。
- フーリエ解析: 生命医科学研究には周期性を持つ波がいたるところに登場します。例えば細胞内でのosillationや、生体レベルだと概日リズム、あるいは医療データとして得られる心電図や脳波のような波形データもあります。そのような波のデータ解析に有用な知見を与えてくれるのがフーリエ解析になります。理工系の学部3年生で勉強します。
- 偏微分方程式論: 生命医科学のデータは本質的に時空間方向の計算が不可欠ですが、そのようなモデリングを行う際に偏微分方程式が必要です。今後spatial omicsが発展する際に避けて通れない概念になると思います。偏微分方程式をAIで近似する手法も近年大いに注目を集めていてすでにバイオメディカル領域にも使われています。また、微分方程式を加算や乗算等のシンプルな代数計算に帰着して計算し、その後で再び微分方程式の世界に戻せるラプラス変換もマストです。
- 制御工学: 生物の持つシステムを理解するために、そしてそれらを工学的に改変して有用なシステムを作るために、工学部2年生で習う制御工学が生命科学・医療研究にも取り入れられています。偏微分方程式の理解が先に必要になります。
- 離散数学: バイオメディカル領域で重要になるのは離散数学の中でもグラフ理論と呼ばれる領域です。さまざまなシグナル伝達やタンパクタンパクネットワークや化合物など、グラフ構造を持つ生命科学データは多岐に渡りますし、深層学習と融合したグラフニューラルネットワークと呼ばれる技法もあります。
- 環論・群論: 大学における数学は「解析」「代数」「幾何」の大きく3分野に分かれます。代数の初歩は「線形代数」ですが、その次に学ぶのが環論・群論・体論です。AIの学術論文を読む上で環論・群論・体論の考え方がしばしば登場します。
- 位相空間論: 大学数学における幾何学の初歩にあたります。位相空間論の次が多様体論になり、多様体の考え方はAIの随所に出てくるだけでなく、例えばバイオインフォマティクスのシングルセル解析で標準的な手法であるUMAPにも使われているなど、生命医科学のデータサイエンスからは切っても切り離せない領域です。その土台になる位相空間の概要は把握しておくべきです。数学科の2年生で習う内容です。
物理・化学領域
- 大学教養レベルの力学: 生命医科学における物理は例えば分子の挙動を計算したり創薬分子設計をしたり一種のセンサーとして使われたりさまざまなところで使われています。その一番の基本は高校の物理の延長にあたる力学です。高校と違う最大の特徴は物体が質点ではなく大きさを持つというところにあります。大学の力学を勉強するにあたっては教養レベルの解析学 (微積分 + 微分方程式) を習得しておく必要があります。
- 統計力学: 注目したい分子が1つだけなら古典力学でOKですが、例えば1モルの水分子というだけでもそこに6 x 10の23乗もの分子が存在し、そのすべての位置座標や働く力を計算するのは現実的ではありません。そういった際に、個別の分子それぞれに対して方程式を立てるのではなく、状態を確率的に扱うことでマクロな状態としてはこうなるよねというトレンドを把握することができる手法です。熱力学と強い関係性を持っています。特に大事なのがボルツマン定数です
- 量子力学: 古典力学で解けないケースが3通りあり、一つは粒子が高速で運動する場合の相対性理論 (生命科学では不要)、2つ目が物体が多数存在する場合 (統計力学の守備範囲)です。そして3つ目が、物体が分子や原子のように極めて小さい場合で、それが量子力学がカバーすることです。生体分子はとても小さいので、量子力学は重要な役割を担っています。
- 教養レベルの有機化学: 生命科学・医療領域の分子のほとんどにはCが含まれており、その基本的な性質の理解に初歩的な有機化学が必要です。原子は雲状になっていることや、アルコール・ケトン・アルデヒド・カルボン酸の性質、ベンゼン環の性質等です。化学者になるわけではないので大学教養レベルで大丈夫です。
- 量子化学: 量子力学の化学への応用領域です。